悪人 スタンダード・エディション [DVD]

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • メディア: DVD



公開時からずっと気になっていた映画「悪人」を、レンタルして週末に観ました。
結果として評判どおりに良かった、とても良い映画でした。
原作者の吉田修一が脚本まで参加したとあって、優れた脚本と役柄に合ったキャストが揃ったなら低予算でも優れた映画は作られるものと思いました。
映画「フラガール」の、李相日監督作品です。

まず最初に印象的なのは、田舎に暮らしている等身大の若者の姿を描くのが上手であると言う事。
海辺の田舎の家で祖父母と三人暮らし、車を乗り回すことくらいしか楽しみをもたない男・清水祐一=妻夫木聡。
ここではほぼ全篇を通して、地方のもつ閉塞感や気だるさの混じる空気が漂っている。
子供の頃から可愛いらしい容姿ゆえに、ずっと異性に媚び続けてきたと思われる佳乃=満島ひかり。
山中の橋の下から、彼女の遺体が発見される。
祐一と出会ったもう一人の女、紳士服量販店で働く馬込光代=深津絵里はアパートで妹と暮らしている。変わりばえのしない単調な日々の寂しさから、彼女もまた祐一にメールを送る。
まず捜査線上に浮かぶのは、知人の大学生=岡田将生であった。
しかし本当の犯人は別にいた、佳乃を殺してしまったのは祐一であったのだから。
なぜ、事件は起きたのか?
加害者と被害者、それぞれの家族達。皆が皆、失ったものの大きさに呆然とする。
愛する一人娘を失って悲嘆にくれる佳乃の両親。
「どうして光代ともっと早くに、出会わなかったのだろう」と嘆く祐一。

光代の心境にどうしても寄り添いがちになってしまうのは、同性だからだろうか?
妹が彼と出かけてしまった後、ひとりコタツに入ってケーキをやけ食いをする孤独なその姿。
明らかに彼より年上で、地味な外観の彼女が待ち合わせの場所で気後れして隠れてしまうところ。
ただのデートのつもりがお金まで渡され帰りの自転車置き場で悔し泣きするところなど、印象的なシーンは数多い。
それでさえも・・・互いに惹かれあい、それまでの全てから逃げざるをえない祐一と光代のもつ孤独。

事件のきっかけを作る大学生。
祖母を騙して漢方薬を売りつける悪徳業者、祐一不在の中、祖母を追いかけまわすマスコミの人間。
子供を祖母の元に預けっぱなしでいた無責任な母親等、他にも普通に暮らしている悪人は登場してくる。
観客に対して絶えず「悪人」とは?と、問いかけ続けるのである。

逃避行の果て。
疲れきり薄汚れていく男に対して、彼女の方は地味な外見のそれまでとはうって変わって美しく輝きだしてくるのだ。
ここでの妻夫木は、明るく健康的なこれまでの役柄からのイメージチェンジに成功していると思う。
深津絵里は確かにその実年齢の割りには可愛らしい。ただそれだけでなく、ここでは悲哀と覚悟、空気感も体現している。
これまでのテレビドラマではどうして良い役ばかりするのか不思議であったが、映画の中の彼女は特にいいと思えた。
この映画で第34回モントリオール世界映画祭最優秀女優賞を受賞、その後日本アカデミー賞最優秀主演女優賞も受賞しました。

小川洋子原作による映画「博士の愛した数式」。
こちらは原作も読んで、その後に映画も観ましたが、この中の深津絵里もその存在感はさりげなく大きい。
交通事故による脳の損傷で記憶が80分しか続かなくなってしまった元数学者の「博士」=寺尾聰。
博士の家の家政婦である「私」=深津絵里と、息子「ルート」の心のふれあいを描いた佳作です。

ここでは脇役達もみんなそれぞれに良い。
柄本明、樹木希林は特に強烈だ!普段はふたりとも役作りをし過ぎるかのように思えるのだが、本作の中ではどちらもその存在が際立って見える。

ラストシーン、光代が「そうなんですよね。あの人は悪人なんですよね」とつぶやく。
その後、祐一が目かくしてをした彼女に夕日を見せる静寂のシーンへと続いて・・・・
灯台からふたりが眺める、東シナ海へ沈んでいく夕焼けの眺めは雄大そのもの。一筋の光が見えてくるかのようにも思えるのだが。。。
逃避行の地である大瀬崎断崖は、九州本土で最も最後に夕日が沈むところだとのこと。
人は誰もが自分を認めてくれる相手を求めていると思う。
登場人物たちそれぞれの心情に思いを寄せざるを得ない結末となっていた。見応えのある映画でした。
「悪人」のオフィシャルサイトはhttp://www.akunin.jp/index.html