むこうだんばら亭

  • 作者: 乙川 優三郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/03/23
  • メディア: 単行本



「むこうだんばら亭」とは、その先にあるのは太平洋の大海原、陸地の先端・とっぱずれにある小さな居酒屋「いさな屋」のこと。
店の主人孝助は、旅の途中で身請けした元・女郎のたかと、銚子へ流れ着きます。
イワシや醤油で賑わう銚子の町のはずれで居酒屋を開き、裏では桂庵(雇い人・奉公人の斡旋をする仕事。ここでは女衒にちかいかと)を営む。
店は、夜ごと寄る辺なき人々が集う。

江戸時代の漁は、港は小さく、今のような防波堤もなく、夜ともなれば灯りもない。
漁夫や船頭たちは神に祈りをささげながらも難所をすり抜けて、落ちれば死ぬ海を相手に生きてきたのだった。

しかし、ここでの主人公は、その影で生きる女性達。
他にどこにも行きようのない、人生の瀬戸際を彷徨う女達の生が息づいている。
私には特に、「散り花」のすが、「古い風」のあさがの生き方が印象深く思えました。
逞しくて、潔さがあるが、時には虚無もあり、それぞれに忘れがたい味わいが残ります。

好意を持ちつつも互いの過去ゆえに、周囲からは当然に夫婦と見られながらも実際には他人のままで生活をする、孝介とたか。
それぞれの心の中まではふみ込めない、意識してふみ込めずにいるふたりの関係は微妙だ。
それが、読んでいる間中ずっと気になります。
しかし最終の「果ての海」にて、養女を迎えるからには自らも家庭を持とうとする孝介。
たかにその気持ちを伝えて、今後は夫婦となる事をふたりで決心する事により、この物語は終わるのです。

その後ろに控える海の大きさに比べて、登場する人々と同じくこの作品の中には派手な文章も語彙もありません。

先のミステリーにしても、この時代ものにしても、最初のとっつきの悪さから敬遠してしまう方は多いかと思われますが・・・
時代背景が、ただ江戸時代となっているだけ。
そこに描かれる市井に生きる人々の姿、現代を生きる我々に共通するところは多いものと思える。

作者は2001年「五年の梅」にて第14回山本周五郎賞、2002年「生きる」にて直木賞受賞。
現在、朝日新聞に「麗しき果実」を連載中。
毎回の挿絵の美しさに惹かれてはいるものの、こちらは読んではおりません。
単行本化でもされたら、読む事にしましょうっと#59119;