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「流人道中記」浅田次郎著 [本]


流人道中記(上) (単行本)

流人道中記(上) (単行本)

  • 作者: 浅田 次郎
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/03/06
  • メディア: 単行本



流人道中記(下) (単行本)

流人道中記(下) (単行本)

  • 作者: 浅田 次郎
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/03/06
  • メディア: 単行本


単純に面白く一気読みしてしまった本です。ここ数年、これも年齢のせいとするものの、本の感想を書く気力を失っていたのだけど、久々に書いてみようと思った本作。
浅田次郎氏の著作はこれまでも読んでいた。映画化された「地下鉄に乗って」「鉄道員」「日輪の遺産」、「終わらざる夏」「天切り松 闇がたり」シリーズ、「マンチュリアンレポート」「椿山課長の七日間」「月下の恋人」・・・等。

それでも、ここまで夢中に読む程ではなくて・・・。「地下鉄に乗って」の頃と比較したら確実に上手になっているのを実感した。
本作で時代小説のジャンルにも、はまってしまいました。
同様に清朝末期の紫禁城を舞台にした「珍妃の井戸」、中国名はどれも同じようで途中で混乱してしまうのが心配されたが、それでもやはり一気読みでした。これなら長編ゆえ敬遠していた「蒼穹の昴」もいけるかなって。まだ手におりませんが。。

江戸時代末期となる万延元年(1860年)、姦通の罪を犯したとされた旗本「青山玄蕃」が切腹を拒んだ事より、流罪判決が下り蝦夷「松前藩(現在の函館)」送りとなる。
津軽藩(青森県)三厩(みんまや)までの護送を命じられたのは、見習い与力である19歳の「石川乙次郎」でした。
江戸「千住大橋」での家族との別れからはじまり、二人の旅は「杉戸」「雀宮」「佐久山」と続いて奥州街道を北上することとなる。
当初は玄蕃を切り捨てようとまでする乙次郎であったが、関所の通過どころか、旅をした経験もない世知に疎い乙次郎は、旅の全てを玄蕃のペースで進められてしまうのでした。
・・・のみならず流人と押送人の立場こそあれ、次第にその人情味あふれる人柄に惹かれはじめてしまう。
これまで幾度として描かれてきたロードムービーの展開ながら、乙次郎が自分にはない青山玄蕃の所作の優雅さ、粋な物事の捉え方に魅了されるだけでなく。
豪放磊落で、その癖人情味に溢れた、どんな相手であれ粋でなぶれない言動、ユーモアをもって自分の懐へと引き入れてしまう、圧倒的な魅力に納得せざるえない卓越した人物造形が、僕(=そう、時代物なのに僕で違和感はない)の視線から描かれている為。
当代きっての文章の名手・浅田次郎。我々読者も共に玄蕃を好ましい人物ととらえさせる力量はさすがだ。
武士の習慣、庶民の生活文化も踏まえて、わかりやすく、面白く。歴史的な背景、歴史用語など多少わからなくても、ストーリーを読み進めていかざるを得ない。

貧しい下級武士の次男から、婿養子として石川家に迎え入れられて、与力の職に就いたばかりの乙二郎には範とすべき人がいなかったせいもあり、人が人を裁く事の意味。法とは、家とは、侍とはどうあるべきか。
260年の平和な時代がもたらした長い侍の世にあって、法に囚われ己の生き方を忘れた侍の問いは深まっていく。

道中において巻き起こる様々な出来事にその都度対処する玄蕃。その時々において青山玄蕃は見事な手法で裁ていく。乙次郎は次第に弟子となり、理解を深めて成長していく姿が描かれています。
しかし玄蕃自身も旅の最後に明かされる事情、過去を抱えているのです。

別れの間際、乙二郎にかける「存外なことに、苦労は人は磨かぬぞえ、むしろ人を小さくする」の言葉に、僕はかぶりを振って呑んだ。
・・・旧態依然とした社会制度、制度の中で生を体現する侍の生き方、造形の巧みさに、旅の最後の僕同様に感動してしまうのです。
家族らの犠牲の上にある。「孤高の」人・青山玄蕃のすじの通し方にも、浅田次郎ワールドの魅力があります。
本作の舞台となったのは、侍の世が終わる・・・明治元年(1868年)の8年前。

「それがしは流人でござる。どの面下げて九郎判官(くろうはんがん)に見(みま)えましょうや」と玄蕃が独り言ちる「義経寺」、私の見た 2014年6月の「三厩湊」の光景です。
三厩.jpg
幕末の吉田松陰も1852年、北方の護りの状況を確かめる為、津軽海峡を通行する外国船を見学しようと龍飛崎のすぐ近くの算用師峠まで来ている。
「竜飛崎」の「義経寺」北を横断。今別、平舘、青森…をたどった記録あり、今なお「みちのく松陰道」として跡は残る。
松陰22歳の若さで脱藩までしてこの地を訪れたのは志の高さからだろう。松陰が龍飛崎にきたのはペリー来航の前年となる。
松陰の江戸出発から帰るまでの視察状況を記録したのが「東北遊日記」だそうです。

軽妙な文章、構成の巧みさ、卓越した表現力…と、次も同氏の「大名倒産」を読むつもり。手元にあるのでした。
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本屋大賞から [本]


羊と鋼の森

羊と鋼の森

  • 作者: 宮下 奈都
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/09/11
  • メディア: 単行本


12日に、第13回本屋大賞が発表されました。大賞に選ばれたのは、宮下奈都氏の小説「羊と鋼の森」です。

それ程読んでいないものの、これを機に過去の受賞作品を振り返ってみることにします・・・・。・・・実はネタ切れにつき、便乗してみただけ。。
11回の和田竜の「村上海賊の娘」…、あ~!この間本棚に並べてあったのを見たばかり。今度借りてきて読まなくてはね。

第10回(2013年)「海賊とよばれた男」上・下巻 百田尚樹
20世紀初めから主要産業の源となった、化石燃料石油。エネルギーの供給源を断たれた事により、先の大戦へ突き進まざるを得なかった日本。
アメリカの巨大石油資本に対して、一見無力とも思える独自の懸命な働き、知力を武器にして・・・国内のみでなく世界と戦いぬいて、戦後日本の復興に力した。
実在の人物=出光興産創業者をモデルにした小説は、誠に読み応えのある骨太な作品でした。

第9回「舟を編む」三浦しをん
直木賞受賞作品「まほろ駅前多田便利軒」は、登場人物、文章共にイマイチ感があったものの…。
辞書の編纂と言う地味な、日の当たらない分野を取り上げた・・・テーマの新鮮さ。
言葉の海を漂いながら辞書の世界に没頭、丹念に作り上げていく緻密な作業の連続。
ひとつの辞書を編纂する、それがいかに膨大な作業の上に成り立つものか、過程を共に歩んでいく興味深さ。
登場人物名、人物設定が安易過ぎると言うか、なんかなぁ~~な印象は残るけれど・・・作者ならではの軽妙さも感じられた、万人向けの一冊に感じられました。

第7回「天地明察」冲方丁
この本は読み始めたものの、途中あえなく挫折。時代小説は嫌いじゃないのに、読み続けずに終わった一冊。
同じく相性がないと言うか、読み初めで投げ出してしまったのは第5回の「ゴールデンスランバー」。
伊坂幸太郎作品はどうしてなのか、どれも読み続けるに無理がある。ダメなのですね。

第6回「告白」湊かなえ
湊作品に漂うムードは、根暗な私に合います。どれも気になって面白くて、手当たり次第皆読んでしまうのでした。

第3回はご存じ、リリー・フランキーの「東京タワー オカンとボクと、時々オトン」…母への思いを直球で描き切った一冊。母親としては離れていても、幾つになっても息子はこうであって欲しいもの。なんちゃって!勝手でゴメン。
第2回「夜のピクニック」 恩田陸
学校行事の一環として、クラスごとに一晩中歩く。ただそれだけの内容ながら・・・予想を超えて良かった。登場人物の若さからか、爽やかな読後感が残りました。
第1回「博士の愛した数式」小川洋子
最後の数行は不覚にも涙してしまった、数学嫌いでも楽しめる心優しい良質な一冊。

…と言う事で12作品中、読んでいたのは6冊。私的にはいずれも外れなし。
全国の書店員の投票で選ばれるだけに、どれも手に取りやすい。読んで良かったと思える作品ばかりでした。

ピアノの調律に魅せられた一人の青年。彼が調律師として、人として成長する姿を温かく静謐な筆致で綴った、祝福に満ちた長編小説。・・・だそう。
機会があったら是非、読んでみたいものと思っております。
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今、読みたくなる…一冊を♪ [本]

いよいよクリスマスが、近づいてきましたね。
家はクリスマスも、サンタクロースも関係ないと言いつつ…クリスマスネタです。


クリスマス・キャロル (新潮文庫)

クリスマス・キャロル (新潮文庫)

  • 作者: ディケンズ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/12/02
  • メディア: 文庫


クリスマスと言えば・・・誰もが真っ先に思い出す一冊に、「クリスマスキャロル」があります。
クリスマス・イブの夜。
ケチで孤独な老人スクルージの元へ3人の幽霊がやってきました。
過去、現在、未来のクリスマスの様子を次々と見せられる事により・・・かたくなな変人スクルージも、キリスト教の精神にめざめると言うもの。
人生の真の豊かさを知ったスクルージと、周囲の人々との変化。
作者がこめたメッセージがさり気なく描かれた、イギリスの作家チャールズ・ディケンズの不朽の名作。
訳されているのが、朝ドラ「花子とアン」でお馴染みとなった・・・村岡花子さんであるのも嬉しく思えます。
貧しい出自に関わらず、彼女はたゆまぬ努力の末・・・良いお仕事を沢山なさったのですね。



クリスマスにはおくりもの

クリスマスにはおくりもの

  • 作者: 五味 太郎
  • 出版社/メーカー: 絵本館
  • 発売日: 1980/11
  • メディア: 単行本


五味太郎作「クリスマスにはおくりもの」は、小さい子向けの単行本です。
サンタクロースが靴下に贈り物を入れようとすると、その中にはサンタクロースへの贈り物があった・・・と言う。何ともほのぼのとした気分になれる、五味さんらしいダイナミックなタッチの絵、エスプリの効いた内容の絵本です。



クリスマス気分を盛り上げる工作絵本、楽しいアイデアがほしい時にお勧めなのはこちら。
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ばばばあちゃんの クリスマスかざり (ばばばあちゃんの絵本)

ばばばあちゃんの クリスマスかざり (ばばばあちゃんの絵本)

  • 作者: さとう わきこ
  • 出版社/メーカー: 福音館書店
  • 発売日: 2013/10/02
  • メディア: 単行本


「ばばばあちゃんのクリスマスかざり」さとうわきこ作。
身近にある 画用紙、折り紙、セロファン、ダンボール・・・を使って。木の枝や葉っぱ等でも、家中を飾り付けしたくなる。
クリスマスパーティ以外に、お誕生日にも楽しめる内容となっています。
シリーズとなっている「ばばばあちゃん」は、親子してイメージが膨らむ楽しい絵本。


他にももっとありますが、最後は自分が好きで何度でも読み返したくなる一冊を。

十二の月たち (世界のお話傑作選)

十二の月たち (世界のお話傑作選)

  • 作者: ボジェナ ニェムツォヴァー
  • 出版社/メーカー: 偕成社
  • 発売日: 2008/12
  • メディア: 大型本


ボジェナ・ニェムツォヴァー作「十二の月たち」。
女王の気まぐれから真冬の森へ追いたてられた娘、1月から12月までの精に助けられてマツユキソウを手に入れ・・・そして、幸福を得る。
戯曲「森は生きている」の元となった民話です。
美しくて気持ちの優しい娘マルシュカは、雪の山へスミレを探しに行きます。真冬の雪の中、春の花が見つかるはずもありません。
しかし山にはたき火を囲んだ12人の男たちの姿がありました。
「三月」とよばれる青年が杖をふりかざすと、森にたちまち春がやってくるのです。
恐ろしく厳しい自然、「森は生きている」の元となる・・・スラブ民話は、どちらかと言えば大人向けの力強い絵が描かれている。
クリスマスが終わってもまた手に取ってみたくなる、冬の良さを気づかせてくれる本なのです。


          クリスマス1.jpg
クリスマスケーキは、たぶん今年も食べないと思うけれど・・・先日、ハーゲンダッツの「ジャポネ 和栗あずき」を食べました。
気の毒になるくらいアイスを食べ続けていた・・・マツコDさんの影響ね[パンチ]
出来たら「サクレ」とかご当地ものの方が良かったものの、見つからなかったから。。
ささやかな私の贅沢、ささやか過ぎますけどね[あせあせ(飛び散る汗)]
普段アイスを食べない私も、食べている姿に刺激されてしまったのだ。

カップの蓋を開けると、目に飛びこんでくるのは・・・モンブランを思わせる・・・上品なクリーム色の和栗ソース。
アイスの間にはこし餡ソースが、そして当然、商品名となるあずき粒も入っています。
そう、だからご想像の通り、甘いです。優しい甘さでほっと出来ます[るんるん]
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夏にピッタリな…「にっぽん氷の図鑑」 [本]


にっぽん氷の図鑑 かき氷ジャーニー (ぴあMOOK)

にっぽん氷の図鑑 かき氷ジャーニー (ぴあMOOK)

  • 作者: 原田 泉
  • 出版社/メーカー: ぴあ
  • 発売日: 2015/06/15
  • メディア: ムック


最近、気になって購入した一冊・・・「にっぽん氷の図鑑 かき氷ジャーニー」です。本書は、6月に発売されたばかり。。
この季節にピッタリと話題となっている・・・かき氷の全国ガイド本は・・・北海道から沖縄・波照間島まで、70店舗のかき氷店が掲載されている。かき氷好きなら持っていたい、必読の一冊。
映像作家にして、旅するゴーラー(かき氷フリークの総称)でもある著者の、情緒あふれる写真と文章によりかき氷の世界へと誘ってくれる内容です。

山中の氷池で凍らせて作った氷は、夏までそのまま氷室で保存しておく。
そんな日光の天然氷が店先でカキ氷として食べられる・・・聖地「松月氷室」さんは、本書でも当然登場しています。
「松月」さんの店主まささんのブログはこちら→http://ameblo.jp/shogetsu-goodjob/
※にっぽん氷の図鑑 定価1200円(税別)、当店で販売中です。購入の方にはご希望により弊社スタンプ押印と松月氷室ステッカーを差し上げます。ですって、そうなんだ!失敗したなぁ[あせあせ(飛び散る汗)]

以前から私のブログで度々紹介している、日光の天然氷。首都圏でわずかに残る中・・・「吉新氷室」「松月氷室」「三ツ星氷室」・・・と県内の日光では、その内3軒が製造販売をしているのでした。

昨年も4月も訪問するなどhttp://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2014-05-07
毎年食べに行っているのは確かながら。。
4年前、まだこっちゃんが生まれる前に息子達と行った時の日記はこちらです。
http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2011-09-02

          m_E697A5E58589E381BEE381A73-ebb88.jpg
旧ブログ内を見たら、2008年にはすでに。あるいはそれ以前から食べに行っていたのかも?

現在、天然氷を作る氷屋さんは全国に5軒ほどしか残っていないそうです。
その5軒が関東地方に、それもご近所にありました。日光に3軒・軽井沢に1軒・秩父に1軒と…。
山奥の湧水を自然の力で凍らせて作る天然の氷は・・・現在ではとても貴重なものなのですね。
かき氷好きの聖地とも言える、日光のお店。機会がありましたら…是非ご訪問を。

かき氷の画像と、店名と住所と・・・そうした単なるガイドブックじゃないのが、この本のスゴイところ[グッド(上向き矢印)]
かき氷マニアにとって、本の中に登場するグイズや裏メニュー、それから他のゴーラーたちの対談等、大いに楽しめる充実の内容となっています。
この夏もこの本がきっかけとなって、未知のかき氷に出会えるか、否か。それは楽しみの一つとしておく事と致しましょう[るんるん]

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読書の秋だから・・・続き。 [本]

先日の続き、ブックレビュー後半です。

「2005年のロケットボーイズ」五十嵐貴久
読もう、読もうと思いながら久しく手にもせず・・・気がつけばベッド脇のツンドク本に紛れていた・・・。しかし難しい事は一切考えないで楽しめる、単純に面白かった一冊です。
不運続きの落ちこぼれ高校生、梶屋信介があるきっかけから人工衛星の製作をすることになる・・・
本のタイトルは「ロケットボーイズ」ながら、実際に製作するのは「キューブサット」。
キューブサットとは、小型人工衛星。設計したキューブサットは地球周回軌道の上に打ち上げるという…全く可能性のない無謀とも言える計画を、最初は仕方なくやり始めたのだった・・・。
助けてくれる仲間たちとの計画にのって、徐々に楽しさを見出していく主人公。
仲間となるのは誰もが相当変わっている、個性的なキャラ達・・・と、青春ものの王道をゆくストーリィが展開される。
登場人物に共感してしまうところがあったり、彼らの懸命さ、若さが懐かしく思えたりして・・・
中高生に読んで欲しい一冊ながら、大人でもじゅうぶんに楽しめるものであった。
久しぶりに理系っぽい作品を読んで、・・の割りには、内容&文章共に難しい事は一切なく。その対局に・・・文章表現は多分に素人っぽさが感じられた。
それでも夢のある内容、本の結末には感動を覚えてしまいました。

作者の「パパとムスメの7日間」は、舘ひろし、新垣結衣主演でドラマ化されましたね。

2005年のロケットボーイズ

2005年のロケットボーイズ

  • 作者: 五十嵐 貴久
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2005/07
  • メディア: 単行本


「夜のピクニック」恩田陸
秋に修学旅行がない代わり、朝の8 時から翌朝の8時までの24時間を食事と休憩時間をのぞいて、ひたすら 歩き続ける「歩行祭」という学校行事があります。
私・貴子は自分の心の中で、歩行祭の間にクラスの男の子・融に話し掛けて返事をもらう・・・という賭けをした。
・・と書くと、恋愛めいた青春ドラマを想像されるかと思うが・・・甲田貴子と西脇融の間には、ある深い秘密があったのです。

一緒に歩くクラスメイトの顔さえ見えない、深夜の時間帯には・・・。
歩きながら声と気配だけを頼りに、日常の生活ではしないような話をし続ける。
ただひたすら歩くだけの小説なのに・・・、
普段の学校生活では経験しえない時を共有していくのは、普段見ることができない・・・意外な人の意外な素顔をかいま見る時でもあった。
決して外に出さないであろう感情が浮かび上がってきたりもする。
顔も見えない暗闇の中を、共に歩き続けた者同士だけが共有出来る感情。
それはわかり易く言ったら、夢中になってやる部活の訓練だったり、クラス全体で作り上げる劇の練習であったり・・・が、後になって大切な思い出になっていくのと同じなのかもしれないと思いました。

歩き続けるのは辛いけれども、終って欲しくないと言う登場人物達。本を読み進める私達との間で感情の共有してしまえるのが、本書の魅力です。
自分自身の高校生時代なんてもうウン十数年も前の事、しかしその頃の自分を思い起こす力が秘められていると感じました。
「夜のピクニック」は第2回本屋大賞、第26回吉川英治文学新人賞を受賞した。良質な青春小説に思いました。


夜のピクニック (新潮文庫)

夜のピクニック (新潮文庫)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/09/07
  • メディア: 文庫



「100年前の女の子」船曳由美
本の主人公、寺崎テイは平成21年には101歳になった。女の子は結婚をして、5人の子供を立派に育て上げた今、家族の愛情に包まれて静かに暮しています。。
カミナリの落ちた日。栃木県足利郡筑波村大字高松に生まれた女の子テイは、実母の顔もを知らずに育ったのだ。新しいお母さんが来た後は、養女に出されます・・・
苦労を重ねながらも、村の暮らしの中で成長していくテイ。健気に、生き生きとしてはいるものの・・・心の奥底に常にあるのは、生涯一度も会う事の叶わなかった母への思い。本書は「母恋い」の物語でもあるのだ。
明治~大正の時代を背景に、ひとりの少女の成長の日々が、娘である筆者の手で鮮やかに描かれている。
それは常に自然に寄り添いつつ、貧しくも命高らかに生きた、私達の何代か上の祖先の生き方であった。
村のお正月に節分、
雛の節句には哀しい思い出もある。
柿若葉の頃からは、急に村は忙しくなる。
十五夜には月に拍手を打ち。秋が深まればコウシン様の夜もくる。やがてくる冬は街道からやってきて・・・。

日々の最も身近な風景である田畑は、実りをもたらし・・・
木々のざわめき、水の流れる音が、暮らしの中で息づく・・・命あるもの達の、命の尊さが率直に綴られています。
四季のある日本、自然と共に生きてきた私達の祖先たちは神を畏れ、仏を敬う。大地に根付いた暮らしは、親から子へと続いて伝えられました。。
かつては日本のどこにでもあった村の暮らしと、家族の記憶が呼び覚まされる本作。
タイトルからして何とも地味ながら、内容的にはこちらもお勧めの一冊なのです。

一〇〇年前の女の子

一〇〇年前の女の子

  • 作者: 船曳 由美
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/06/15
  • メディア: 単行本



読んだ本はまだあるのだけれど・・・今回は、このくらいで終わりにします。
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今日は読書の秋という事で… [本]

いよいよ10月です。
秋には様々な秋がありますが、今日は読書の秋という事で…ここ数か月間に読んだ本を。・・と言ってもすでに記憶がおぼろげ~~
そこでタイトルのみの、覚書として。。。

「ベイジン」真山仁
上下巻合わせて800ページあまり、あっという間に読み終えてしまった一冊でした。
本作はフィクションでありながら、ほぼ同じことが福島で起きてしまった・・・今となっては現実に起きた点から見て予言書と言えるものに思えた。
本のタイトルとなる「ベイジン」とは「北京」。
2008年開催の北京オリンピック、その開会式に合わせて作られた世界最大規模の原発はオリンピック開幕にあわせたタイミングで運転を開始する。
その成功は巨大国家・中国の持つ力の大きさを、世界に向けて知らしめすはずだったのだが・・・・
進まぬ工事、思いもよらぬ事故、次々に続いて起きる事件。
国を挙げての一大プロジェクトだけに中国特有の利権の発生があり、ありえない工事や、ズサンな管理体制も描かれる。
登場するのは・・・建設の指導にあたる日本人、中国側の責任者。中央政府の役人、地の利益をむさぼり続ける地元の有力者。
日中の登場人物達の思いはそれぞれに交錯し・・・
それを通じて中国が抱える問題、日中問題の今を多角的に描く。到底相いれないものに思える中国人の考え方を知る上でも参考となる本に思えました。
利益が最優先な上、「メンツを重んじる」中国社会と付き合うのは何とも大変な事。
原発事業が政治と一体であるのも、舞台は違えど同じでわかりやすいです。
登場人物それぞれの持つ信念、生き様を人間ドラマとして描いた・・・確かさも感じました。
興味深さから、まさに一気読みしてしまった。。文系である私でも楽しめたわかりやすい内容でした。

同じアジアの隣国となる日本と、中国。この二つの国、国民。
しかしものの考え、見方は相通ずるものとは思えない。
一筋縄ではいかない考え方の相違。同じ尺度で事にあたると言った甘い考えは決してもってはならないのを痛感しつつ読み終えました。
作者の圧倒的な筆力に、スケールの大きさを感じつつ読めてしまう、一大エンターティメント作品であるものと思います。
そして先頃お亡くなりになった、社会派小説で知られる作家・山崎豊子さんの「大地の子」が思い出されました。

ベイジン〈上〉 (幻冬舎文庫)

ベイジン〈上〉 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 真山 仁
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2010/04
  • メディア: 文庫



ベイジン〈下〉 (幻冬舎文庫)

ベイジン〈下〉 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 真山 仁
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2010/04
  • メディア: 文庫



「ローカル線で行こう!」真保祐一
作者は「ホワイトアウト」で吉川英治文学新人賞、「奪取」で山本周五郎賞を受賞。
本作は、ベストセラー「デパートへ行こう!」に続く・・・読むと元気が出てくる、企業再生物語。
前作と比べても未来志向だから読みやすい。読んでいて元気の出てくる内容、文章でした。
廃線の危機に立たされている、東北地方のローカル線「もりはら鉄道」。
経営の建て直しにと抜擢された新社長は、31歳独身、元カリスマアテンダントである篠宮亜佐美。
「お金がないなら、知恵を出す」
・・・自ら客寄せパンダに徹して、従来にない新アイディアでもって企業の再生をしていく…彼女の果敢な挑戦が始まった。
冷ややかな視線で成り行きを見つめる社員達、行く手を阻む経営幹部、そしてもりはら鉄道を次々と襲う不穏な事件。
…どれもお約束とも言える展開ながら・・・・
果たして最終地点までたどり着くのか?「もり鉄」に明日はやってくるのか?
登場人物達と読者である我々。互いの希望を乗せた列車は、終着駅に向かってひた走る・・・・。
特筆するようなアイディア、ストーリー展開があるとは言えないものの、読後感は爽快そのものに感じられました。

ローカル線で行こう!

ローカル線で行こう!

  • 作者: 真保 裕一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/02/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


「ロードムービー」辻村深月
運動も勉強も出来るクラスでも人気者のトシは、あるきっかけからいじめられっこのワタルと友達になる。
ワタルとの交友がきっかけで、トシまでがいじめの対象となってしまうのですが・・・。二人の友情も、ワタルの親の事情で壊れそうになってしまう。
そして、トシとワタルは旅に出るのだ・・・・
デビュー作「冷たい校舎の時は止まる」(未読です)とリンクされているとの事ながら、そちらを読まずとも楽しめました。
小学5年生。この年頃のもつ繊細な心の動き、揺れ。
丁寧に描写した作者の力により、かつて誰もが経験したその時が「かけがえのないもの」であった事に気づかされました。
懐かしさを覚える表題作、他に4編が収録されています。

ロードムービー (講談社文庫)

ロードムービー (講談社文庫)

  • 作者: 辻村 深月
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/09/15
  • メディア: 文庫



今日はとりあえず半分、次回へと続く。。
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最近、読んだ本は・・・ [本]

思えばずっと、本の紹介記事を書いていませんでした。最後のものがちょうど一年前、池井戸潤さんの「鉄の骨」でしたもの。

読むことは続けているものの・・・気がつけば、一冊ずつ丁寧に書くことが出来なくなってしまっています。これも年齢的なものなのかしらね。
それでも記録として、タイトルだけでも思い出して書き残しておきたいと思います。

これまで私のところでも、数多くの著作を紹介してきた・・・人の内面のダークな部分を書かせたらピカイチの上手さを見せる・・・桐野夏生作品では「残虐記」、女流作家・林文子を描いた「ナニカアル」、短編集の「緑の毒」など・・・
救いのなさで負けていない、湊かなえ作品で「贖罪」、「少女」、「往復書簡」、「Nのために」・・・。
角田光代作品でも、同じような感覚を覚えた「ツリーハウス」に、「ロック母」。

気軽に読めたエンターテーメント小説としては、真保 裕一の「デパートへ行こう! 」。
東野圭吾のものでは・・・
「カッコウの卵は誰のもの」、「プラチナデータ」、「夜明けの街で」。
これまで読んだものと合わせて、この作者はどうしてこんなに次々と書けるのか。なぜこれほど多作なんでしょう。
垣根涼介作品は、「月は怒らない」。
どれを選んでも外れがない・・・浅田次郎作品で、「終わらざる夏 上・下」、「日輪の遺産」、「ハッピー・リタイアメント」、「マンチュリアン・リポート」…どれも楽しめて、一気読みでした。

山本一力が書いたジョン万次郎の半生「ジョン・マン 大洋編」、この人も相変わらずウマイなぁ~~!
読みながら、自ら太平洋の大海原を進んでいく気持ちになってしまったものです。
ただこのシリーズ、本当は全3作からなるもの。その前を描いた「ジョン・マン 波濤編」、また昨年12月に刊行された「ジョン・マン 望郷編」とあるのでした。
重松清作品では「きみ去りしのち」、「かあちゃん」。
思い出せないけれど、道尾秀介作品も一冊くらい読んだものと思う。

待ちに待った待望の一冊は、横山秀夫の新作「64(ロクヨン)」。期待通りの横山ワールドの展開にワクワク。。
しかし主人公たちが捕らわれた過去の事件と現在。登場人物達は詳密に絡み合いながら、ストーリーが展開していくのだから・・・中々読み進められずにいるのです。

近頃話題となったものに、村上春樹氏の新作があります。私など小説の題名「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」・・・長くて難しくてタイトルさえ覚えられない。
発売されてわずか一週間足らずで、発行部数が100万部に達したとの事。
彼の著作、前作の「1Q84」の発売時も随分と騒がれたものでしたが。。そんなに誰もが、村上作品の作風と文章が好きなのでしょうか?
うがった見方をするなら、単なるブーム、マスコミの作り上げるファッションのように思えてしまう。
私ってひねくれてる?

有川 浩の「塩の街」も同時進行で半分ほど、現在まだ途中です。
対して読むのをやめてしまったのは、冲方丁の「天地明察」。和田竜「のぼうの城」、共に映画化されたものだから期待を込めて読み始めたものの、どうしてだろう?
東川篤哉の「謎解きはディナーのあとで」、こちらもなぜか楽しめませんでした。
どれもベッドに入ってから、眠くなるまでがお約束!
ひと月に2~3冊くらいのペースと言えるでしょうか。一応読むだけはまだ読んでいるのです。

64(ロクヨン)

64(ロクヨン)

  • 作者: 横山 秀夫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/10/26
  • メディア: 単行本



塩の街

塩の街

  • 作者: 有川 浩
  • 出版社/メーカー: メディアワークス
  • 発売日: 2007/06
  • メディア: 単行本



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「鉄の骨」池井戸潤著作 [本]


鉄の骨

鉄の骨

  • 作者: 池井戸 潤
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/10/08
  • メディア: 単行本


「鉄の骨」は、作者池井戸潤の二度目の直木賞候補作品。
受賞作品である「下町ロケット」とは、読む順番が逆になってしまいました。でも負けず劣らず面白かったです。

中堅ゼネコンの「一松組」に勤務する富島平太は入社3年目。突然の辞令により本社・業務課への異動、建設現場から土木部営業一課勤務を命じらます。
しかしそこでの主な仕事と言えば、大手ゼネコンの代表者が集まり公共事業の割り振りを調整する「談合」であった。
談合と言う不条理な日本的システムのあり方を問う、530ページを超す長編大作です。
本作は自分が普段読むものとは全く違う分野のお話。
ゼネコンとか、談合とか、経済小説って大体が専門的な用語も多く難しくて関心がわきません。
それを一気に読ませてしまう作者の筆力、ストーリー展開の面白さは、下町ロケットと通じるものを感じました。

不況の波にのまれ資金難にあえぐ状況下、会社倒産の危機を前にして、業務課では二つの大きな仕事が待ち構えていました。
現状としては手に入れたい、地元自治体が発注する30億円規模の比較的小さな工事。
そしてその後に狙うのは、国も絡む2000億近い巨大地下鉄工事。

入札にあたっての、工事費のコストダウンへの努力等、強引なまでの必死さを見せる課長の兼松、先輩の西田。
トップに立つ出来る男は、常務である尾形。
大物政治家・城山の義弟にあたるフィクサー三橋との出会いが、平太を仕事にのめり込ませて行く・・・。
地下鉄工事を得意とする一松組だけに、地下鉄工事だけはどうしても欲しい仕事だった。

主人公である平太は正義感の強さゆえ違法行為に加担する事に抵抗を感じるが、一松組はどのような立場をとるのか。
入札前の息づまるような、スリリングな緊迫感。
談合は悪いこととわかってはいるものの・・・生き残る上での必要悪なのではないかとも受け取れてしまう個所もあったりして・・・
社運を賭けた一大プロジェクトに対するゼネコン各社のやり取り、建設業界のリアルさ、凄まじい競争。
メインテーマである、談合の実態。マネーロンダリング=銀行を通しての複雑なお金の流れ・・・

ここに描かれるのは、自らの仕事に対する男たちの自負と情熱、誇りに執念。
東京地検の捜査が絡んで、腹黒い政治家の存在もあり・・・と、これはまさにエンターテインメント。
私にとって遠くて難しい世界が、一人の若い社員の目線となる事で身近なものとなり、主人公の気持ちに感情移入出来たのは良かった。
描かれた骨太な内容は、正に「鉄の骨」。タイトル&装丁がピタリと合っているものに思えました。

下町ロケット

下町ロケット

  • 作者: 池井戸 潤
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2010/11/24
  • メディア: ハードカバー



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暗い心つい読むイヤミス、「贖罪」湊かなえ著 [本]

先の新聞紙上で、「暗い心つい読むイヤミス」との記事がありました。
後味の悪い嫌な気分になるミステリーを「イヤミス」といい、湊かなえ作品「告白」がその先駆けなのだそう。
震災直後とあって昨年は「絆」。また人々が心に癒しを求めるムードが強まったものでしたが・・・
時間が経ち、社会がただひとつの方向だけに向かう事象に対して閉塞感を感じる人に選ばれているのでは?とのコメントが書かれていました。
「イヤミス」の主な読者層は三十代女性だと言う。
ミステリーのジャンルに入れられていても、求められるのはトリックや推理ではなく、心理描写が中心である。
理想主義的な男性と比べて、女性の方が日常に潜む卑しさに敏感。人間のもつ汚さや弱さなど闇も含めて楽しめてしまうのは、逆に強さの証しかもしれない。。。ですって。
これは興味深い現象であると共に、ちょうど湊作品の「贖罪」を手にして読み始めていた私。思わずドッキリ!自分の感覚の若さにではなくて、そんなダークな部分を持ち合わせていた事にだったのだ。そう、ホントは根暗なのよ。

贖罪 (ミステリ・フロンティア)

贖罪 (ミステリ・フロンティア)

  • 作者: 湊 かなえ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2009/06/11
  • メディア: 単行本


「贖罪」は彼女のデビュー作である「告白」と同じく、章ごとに主人公が変わる独白形式で書かれている作品。
名前を聞いた事ないような平凡な田舎町。取り柄は、日本一空気が綺麗であるというだけ。
そんな穏やかな田舎町で、突然に起きた美少女殺害事件。
その時学校で一緒に遊んでいた4人の少女たちは事件が起きた事も知らずにいたが、プールで死体を発見する。犯人と出会っていたに関わらず、その男の顔をどうしても思い出せない。
その後に被害者の母親から投げつけられた激しい怒りの言葉が、彼女たちの運命を大きく狂わていくのだった。

―これで約束は、果たせたことになるのでしょうか・・・

ひとつの殺人事件が発端となり15年の時を経て、悲劇の連鎖の中で「罪」と「贖罪」の意味が問われていく。

仲良く遊んでいた友達の一人、それは都会から転校をしてきたそれまではいなかったタイプの少女エミリ。
女優さんみたいに綺麗なお母さんや、豪華なものに囲まれた生活は、他の子供達からは眩しいばかりに輝いていたのでした。
男から選ばれて殺されてしまったのはそのエミリちゃんだったのだから、残された少女たちの心に何かを残さないわけがない。
エミリちゃんのお母さんから、殺人者呼ばわりされ責められる彼女達。
そこに嫉妬や優越感といったドロドロとしたものが、互いの中に渦巻いているのです。
人が心の奥に秘めている感情が終始まとわり続いているかのようなストーリーは続く・・・

互いの心の中にあるイライラや、典型的な駄目人間の思考回路もリアルに描かれているから、変に納得をしたり、気分が沈んでしまったり。そこまで?と不愉快になってしまったり。。。
五番目の告白者は、エミリの母である麻子。
その麻子にしても、エミリちゃんが生まれるまでの経緯、自己中で身勝手な生き方は褒められたものではなく、被害者だからと責めつづけられるものではないと思えるには十分すぎるくらいでした・・・・

読み終えた読後感は決して良いものではありません。
確かに不快な部分は多く疲れてもしまったものの、読むのを止められませんでした。つまり面白かったのです。
それぞれの章の中では納得のいく台詞があったりして、人間の醜さをこれでもかと描く筆力。最後に全てがつながる事件の全貌は、作者が優れたストーリーテラーであることに違いないと思わされるものでした。

一章の「フランス人形」でのきっかけとなる紗英の夫の性癖、人形への異常とも言える愛情シーンから以前見た映画「人でなしの恋」の阿部ちゃんの役柄を思い出しながら読んでしまいました。
こちらは江戸川乱歩原作の短編を映画化したもの http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2010-08-26

映画「告白」もしばらく前に見てみました。
普通は原作と比べてガッカリしてしまう事が多いのに、映画は映画でポップなシーンが散りばめられていた、キャストの演技が自然なものだったりして、面白く見ることが出来ました。
原作「告白」の感想は、http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2011-06-10

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「天網恢恢」林望著 [本]


天網恢々 お噺奉行清談控

天網恢々 お噺奉行清談控

  • 作者: 林望
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2011/08/17
  • メディア: 単行本


本書は「お噺奉行清談控」のサブタイトル通り・・・
駿河台富士見坂の屋敷を訪問してくる人々を歓待し、それぞれがもつ困り事や悩みを聞き出すのを得意とする通称・九郎左衛門=江戸南町奉行の重職にあった老人、根岸肥前守鎮衛。
その彼が中心となり、人相見の栗原幸十郎や薬売りの銀次、スリ名人・河童の平六たちが町で聞き込んだ悪事や奇妙な出来事が、鎮衛に吟味され事件は解決されていく。
豪放磊落な人柄の根岸鎮衛が、天網恢恢と悪事を裁き庶民を助けてゆく。人情味溢れる短篇が5編収められているものです。

公務における裁きではないから、それは人情味を感じるやり口で、明るく豪快そのもの。5件の事件は束の間に上手く収まるのであった。。。
タイトルの「天網恢恢疎にして漏らさずとは」…天罰を逃れることは決してできないということのたとえ。 天道は厳正であり、悪いことをすれば必ず報いがあるとするもの。


イギリスはおいしい

イギリスはおいしい

  • 作者: 林 望
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1991/03
  • メディア: ハードカバー


作者・林望で真っ先に思うのは、自らの体験から生まれたイギリスの食文化&食生活に関して記した「イギリスはおいしい」でしょう。
私が最初にスコーンを焼いたのも、この著作の影響を受けて。そしてそれは初めてに関わらず、本場仕込みのスコーンと同じように焼けたのでした。

「食」に関した視点からしたら、イギリスというところはグルメとは全く無縁に思える国です。
しかし本書を読むと…イギリスのもつ不思議さや面白さ。かの国においても独自の食文化に特徴があるという事も理解出来きました。
従来はあまり知られていなかった国の文化を取り上げ、興味深い内容となっているのです。
とは言っても、贅沢なブレックファースト、フィッシュ&チップスをのぞいたイギリスの食べ物はやはり美味しくはなかった。それは私個人のたった10日間のツーリストを経験して出た結論ながら・・・

愛情たっぷりに書かれた同シリーズは、他に「イギリスは愉快だ」「ホルムヘッドの謎」。「リンボウ先生シリーズ」等、一時はまって読み続けてしまいました。
でも本作は、随分と久しぶりに手にとったもの。
それも「江戸もの」です。しかしそれも作者の専攻が元々、日本書誌学・近世国文学である事を思えば当然とも思えるものでした。

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「下町ロケット」池井戸潤著 [本]


下町ロケット

下町ロケット

  • 作者: 池井戸 潤
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2010/11/24
  • メディア: ハードカバー


昨年の上半期、第145回直木賞受賞作「下町ロケット」を読みました。
プロローグの、ロケットの発射シーン…こういった理系の分野は、私の一番苦手とするものであった。
しかしご心配なく、その後続くのは・・・スピーディなストーリー展開と、明確な人間模様。
決して裏切られる事のない、爽快な読後感が得られる、エンターティメントな企業小説となっていたのだから。。。

宇宙ロケットの研究機関、開発機構の一員としての道を進んでいた佃航平は、ロケット打ち上げ失敗の責任をとり、今は東京下町にある実家の町工場「佃製作所」の経営者となっていた。

ある日突然、大手メーカーから告げられた取引停止による、経営危機・・・そんな佃製作所は、更なる危機に陥る。
大手メーカー・ナカシマ精機から特許侵害の訴状が届くのだ。
ナカシマ精機はこれまでも法廷戦略を駆使して、中小の町工場を吸収合併してきた会社。佃製作所は主力製品が特許侵害で訴えられたことにより、またも会社存亡の危機に立たされてしまいます。

一方国内でも有数の大企業・帝国重工で、国産ロケットの打ち上げプロジェクト「スターダスト計画」の発表がされる。
プロジェクトの責任者である財前のもとに、衝撃的な報告が入ります。
社長命令の元、総力をあげて開発したエンジン部品の特許技術が町工場である佃製作所の特許として登録されていたのだ。
部品がなければ勿論ロケットは飛ばないのだから、その特許を20億円で譲ってほしいと佃製作所に申し出るのであったが・・・・

本作の主人公である佃製作所の佃航平が、ナカシマ工業による特許侵害訴訟に立ち向かう前半部分。
帝国重工相手に、特許利用・部品納入を交渉する後半部分とに分かれていて・・・町工場が取得した最先端特許をめぐって、中小企業と大企業との熾烈な戦いぶりが描かれた後半。
一流企業の社員たちから見下されてともすれば卑屈になりがちながら、会社と仕事を愛する佃と社員達のもつプライド。
決してあきらめない精神と、姿勢。
物事は見方によって、相反する両面があるという事も改めて思い知らされました。

ロケット開発に関わりたいとする佃の夢と挑戦、情熱、そんな佃をアシストする経理部長の殿村。
社長である佃の決断に反発しつつも最後は一団となって、自らの生み出してきた技術を宇宙へ繋げる社員達の物語となっていました。
そしてただそれだけでなく、資金繰りに苦しみながらも大企業と張りあう経営者としての苦悩と、奮闘も。

幾度となく苦境に立たされるものの、そこには協力と応援があり、感動のエピローグのシーンまで…王道を行く展開であった。
ここに描かれたのは、かつての日本人たち、誰もが持ち続けてきた「夢」。
日本経済をここまで成長させてきたもの、誠実に努力を重ねることの大切さを、改めて教えてくれるものと思えます。
日本人もまだすてたものではないとする気持ちになる、ストーリーでした。

ただ気になったのは、大企業=悪人、弱者達=善人とする、人物設定のステレオタイプな描き方。
追い詰められていって最後にどうにもならなくなると、必ずどこからか救いの手が差し伸べられること。現実にはそうあり得る事ではないものの…小説と言う点で、これは仕方がないものなのかと思う。

作者のこれまでの作品「空飛ぶタイヤ」、「「鉄の骨」等も読んでみたくなるくらい面白かったのです。

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「ダイイング・アイ」東野圭吾著 [本]


ダイイング・アイ

ダイイング・アイ

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2007/11/20
  • メディア: 単行本


映画「麒麟の翼」により、ここ連日メディアに登場する機会の多い東野圭吾作品。そんな彼の小説「ダイイング・アイ」を読みました。
私が読んだものはハードカヴァーでしたが、昨年文庫化もされた模様です。

作者得意のサスペンスものながら・・・本作にはホラーの要素が入っているところが特徴に思えました。
何とも気味の悪いストーリー、読んでいるとゾクゾクとしてくる内容です。

作品の序盤は、一人の女性が帰宅途中に出会ってしまう交通事故。この不慮の事故により、彼女は亡くなってしまうのであるが。。。このシーンに限っても怖いです。

そして・・・・
バーテンダーの雨宮慎介はある日、何者かに襲われて記憶を失ってしまいます。
その後、犯人の自殺という形でその事件は終わるかと思わせて・・・
彼が襲われた事件の動機が、かつて雨宮が起こした交通事故で妻を失った夫による復讐であったと言うもの。
どうしても思い出せない事故の時の様子、周囲の人間を問い詰めていく事で少しずつ思い出され・・・知らされる・・・意外な真相。
雨宮の勤めるバーに現れる、謎の美女・瑠璃子はいったい何者なのか?
襲った夫がかつてしていたのは、マネキン作りの仕事だという。
妻に似せたマネキンを納得いくまで何体でも作り続ける過程からも、執着心が感じられて何とも不気味だ。

常人から逸脱したムードをもつ瑠璃子のキャラが放つ得体の知れない感じ、ラスト近くで明かにされるその正体がまた怖い。
あまり書いてしまうと…ネタバレになってしまうから…これ以上は明かしませんけれど・・・

怨念とか、呪縛と言った非科学的な要素が強いところが読んでいて納得出来ない、深く入り込めない一因となっている。
後味も決して良いものではなかったし、東野作品としては完成度の低い方かも・・・なんて、上から目線!?
満足感が得られる程ではありませんでしたけど。。。それでも時を忘れて、一気に読んでしまえる一冊には思えます。

私にとって東野作品の原点ともなった、直木賞受賞作「容疑者Xの献身」。
アメリカのミステリー界で最も権威のあるエドガー賞(推理小説の父とされるエドガー・アラン・ポーにちなんだもの)の、候補作が発表されました。
今年の最優秀作品賞の5候補のひとつに選ばれたという、嬉しいニュースがあったそうです。

「容疑者Xの献身」http://plaza.rakuten.co.jp/simarisuu/diary/200605110000/
加賀恭一郎シリーズでは、他に「赤い指」http://plaza.rakuten.co.jp/simarisuu/diary/200611170000/
私の書いた感想は、もっとずっとダメじゃん!
「麒麟の翼」はまだながら・・・昨年、「新参者」は読んでいました。

それにしてもこの作者。とくかく多作です。
どうしてこれ程、次々と書くことができるのでしょうね。

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「夜行観覧車」湊かなえ著 [本]


夜行観覧車

夜行観覧車

  • 作者: 湊 かなえ
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2010/06/02
  • メディア: 単行本


「告白」に続いて、湊かなえ作品「夜行観覧車」を読みました。
読み終えてから時間が経ってしまっているので、細かいところを忘れてしまったり、感想は大分薄くなってしまっておりますが。。。

本作は、ひばりヶ丘という名前の高級住宅地を舞台にした物語。前作と同じく今回も、章ごとに違う人物の視点で語られていきます。
タイトルの「夜行観覧車」とは、そのひばりヶ丘で回る「観覧車」=それぞれの家族のあり方なのでした。

一軒は、医師の夫に美しいその妻。三人の子供たちはそれぞれが優秀であったり、運動が得意で見た目もカッコ良いアイドル似で憧れの的であったりする。
高級住宅地に相応しく裕福で、絵に描いたように幸福そうに見える高橋家。

そしてその向かいに住むのは、この住宅街で最も小さな家・遠藤家。
夫が平凡なサラリーマンに関わらず、身の丈に合わない所に家を建て、そこに住むことをいきがいとする妻。
中学生の一人娘は私立中学の受験の失敗が引き金となって、進学した公立中学にも居場所が見つけられず、次第に追い詰められていく。
両親に反抗的な態度をとり、家の中を手当たり次第に壊す、大声を出すなどして・・・崩壊しつつある家庭。
そんな状況に嫌気がさし自宅から足が遠のく、事なかれ主義な父親。

そんな中で起こる殺人事件は、父親が被害者で母親が加害者?
そしてそれは、周囲から問題が多いと見られていた遠藤家ではなかったのだ。

決して不仲だったわけではない夫婦・・・妻が突発的に居間にあったトロフィーで夫を殴殺した。その理由はなにか・・・・
高級住宅地に住むエリート一家で起きた、センセーショナルな事件。
前妻の息子である長男と、自分の息子を比べ絶望的な気持ちになってしまった母親。
どんなに努力をしても、異母兄ほどの能力がない事に気付いている次男。

何不自由のない毎日をおくるかの様に見えて、満たされない思いから他人へ異常なほどの関心を向ける近所の主婦・小島さと子。
登場人物のそれぞれが、ステレオタイプな人物ばかりなところは笑ってしまうところ。

「告白」でのセンセーショナルな印象が強いので、それと比べると本作のインパクトは薄い。普通に面白かったかな程度でした。
高橋家の妻の殺人の動機が弱いところが、最も納得できないでいたところに思えた。
それぞれの家族が抱える事情は、それ程特別なものではないのに…
登場する人物達がそれぞれに固執している事柄、それぞれのこだわりが高まって暴発をしてしまう。

人の心の暗部、醜さを見せつけるところに、湊かなえワールドが見られるのだけれど・・・
そこに読み始めたら止まらない魅力がある。グイグイと引き込まれます。
小島さんの言動に呆れながら、読んでいるいるこちらも彼女と同レベルになって読んでしまう矛盾。
その辺りがはまりやすい理由と思う。
殺人事件をきっかけに、それに関わる人々の心模様が描かれる。進むにつれ、登場人物たちの内面が見えてくるところも本品の魅力である。
それぞれの言動が微妙にズレて、結果。個々の価値観や行動がずれていってしまうところ・・・は、他人ごとではない。
人間は常に自己中心的なもの。世間の目を気にしたり、面倒な事からは逃げたり。
自分の発した言葉が他人を傷つけていく…描写には、自分でも思い当ってしまうのだった・・・・・

告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)

告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)

  • 作者: 湊 かなえ
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2010/04/08
  • メディア: 文庫



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「月と蟹」 [本]


月と蟹

月と蟹

  • 作者: 道尾 秀介
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/09/14
  • メディア: 単行本


「カササギたちの四季」に続いて、道尾秀介作品「月と蟹」を読みました。
本作品により、作者は第144回直木賞を受賞しています。

小学生の慎一は鎌倉にほど近い、祖父の住む小さな海辺の町へと引っ越しをするものの…その後病気で父を亡くしてからは、つつましい借家で母と祖父と三人で暮らすようになる。
転校先の学校では、その祖父が過去に足をなくした漁船の事故が原因となり、仲間はずれにされてしまいます。
その事故でもって母親を亡くした少女・鳴海だけは仲良くしてくれるが、ほかのクラスメイトたちからは冷ややかな視線を浴びる毎日。

両親から愛情を受けられずにいるらしい、同じ転校生の春也が唯一の友達となって、二人は「ヤドカミ様」と呼ぶ残酷な遊びを考え出します。
お小遣いが欲しい、いじめっ子をこらしめる・・・他愛ない儀式から始まったものが、慎一の切実な願いへと変化していくところに子供の幼い残酷さが感じられました。
鳴海も加わっての、小学生の秘密の願い事の儀式。

そこに、慎一の母と、鳴海の父との恋愛があって。。。
母親が鳴海の父親と交際していることを疑い、孤独と不安を募らせていく慎一。
事故で母親を亡くした原因は慎一の祖父にあるのだと、寂しさから未だに恨みを持っている鳴海。
そして親友の春也は、酒乱の父親から虐待を受けているのだった。
彼らはそれぞれに、自らにはどうにも出来ないやっかいなものを胸に蓄積しつつ耐えている。しかしそれもいっぱいになってくる時がやってくる。
3人のそれぞれの境遇と、関係の微妙さ。それぞれの思惑が複雑に絡み、重たい展開を帯びてくるのでした。

子どもにとっての親の存在は特別なもの。二人はそれぞれ、自分たちの親を自分の元に取り戻す為の行動をし始めます。
すでに忘れてしまっているのであるのだが・・・
幼さは残るものの、子供って大人が思っているほどには子供ではない。
耳にした事から色々気付いているのもあるし、ちゃんと考えていることだってあるのだ。そんな子供たちの心理描描写が丁寧に巧みに描かれています。
対して大人は子供が思っているほどには大人じゃない、と言うのは常日頃感じ続けているものである。

自分の心に巣くうどうにもならない感情を、自分の影の醜さに怯える月夜の蟹のようだと・・・思ってしまう慎一。

正直言って、読んでいる最中は息苦しさしか残らない。切ない程に子供の気持ちが丁寧に描かれた、一冊なのでした。







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「悼む人」天童荒太著 [本]


悼む人

悼む人

  • 作者: 天童 荒太
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2008/11/27
  • メディア: 単行本


作家・天童荒太による一昨年の「直木賞」受賞作品、「悼む人(いたむひと)」。
作者が後書きでもふれている様に・・・大ベストセラーとなり、後にはテレビドラマにもされた前作「永遠の仔」を読んでから6年の歳月が過ぎました。それはこの作者がそれだけ寡作と言う事なのでしょう。
「永遠の仔」・・・
幼い頃児童虐待を受けた主人公たちは成長して後も自らの過去に悩まされる。苦しみながらそれでも助け合って生きぬこうとする。
家庭内における親子関係のディープな部分をさらけ出した、重い内容の作品でした。


本作も書店では何度か手にしながら・・・このタイトルと、装丁を飾るリアル過ぎる彫刻(永遠の仔と同じく、舟越桂と言う方の作品だそうです)が怖くて、ずっとためらっていたもの。
全国を放浪し名もなき死者を悼む旅を続ける、坂築静人(さかつき・しずと)が主人公です。
身近な死に接する内に、彼は精神の均衡を欠くようになってしまったのだった。
彼を巡って登場するのが、、夫を殺した過去をもつ女性・奈義倖世。暴力的な夫の行動に思い余って殺したとかと思うと・・・この夫婦はそんな単純な関係ではなかったのが徐々にわかってくる。

人間不信に陥り、ただひたすらセンセーショナルな記事を書く事に腐心する雑誌記者の蒔野。
末期癌の病床にいる静人の母親・巡子、対人恐怖証である静人の父親。
結婚できない交際相手の子供を一人で生んで、育てていこうとする身重の姉。
しかし基本的にはドラマチックなストーリー展開がある訳でもなく、読者である我々も読んでいる間中、静かな世界に浸り続けられるのでありました。

静人の行っている行為は・・・亡くなった見ず知らずの他人を思い、その際亡くなった人の状況を周囲に尋ねていくもの。
それは想像するだけで、耐えられそうもない精神的な緊張が強いられる辛い行為である。
身近なところで起きた死を思うあまり、心の均衡を壊して・・・そうせずにはいられなくなってしまった静人。

殺人や事故の場合、犯人やその場の状況も関係してくるのだが、その辺りについては淡々とし過ぎるくらいで同情はおろか自らの心に刻む事は一切ない。
静人が作中で言う、「その人は誰に愛されたか、誰を愛したろうか、どんなことをして人に感謝されたことがあっただろうか」の三つ事を憶えておくことで、故人を唯一の存在として悼めるのではないかとする考え。
読み進める内、判然としていく静人のキャラは特別です。彼は「悼み」という行為を続けていく事で、一般的な普通の感情を表に出す事もなくなってしまい、自らが特別な存在となっていくのだ。
常に穏やかで優しいようでいて、実は頑なに自分の世界をもつ静人。

彼は自殺を選ぶ代わりに、悼む人としての旅を続けていくのだった。
それだけにようやく感情を表して、途中から静人の後に続いて歩く倖世と結ばれるところは救いが感じられた。

静人の帰りをじっと待ちわびた母の最後。
彼女が最も愛され、愛し、感謝されたであろう息子の静人=悼む人の胸に抱かれて死の世界へ旅立つ・・・本作のラスト。
それは巡子の見た幻影かもしれないが、私は真実であったと思いたい。
医師の説明で、死の時、最も最後まで残ると言われた聴覚。
研ぎ澄まされた神経と耳で、新しい命=彼女にとっては初孫の誕生を感じながら・・・逝く場面は正にクライマックス!
ここでは、「死」と「誕生」の瞬間が対峙されるのだ。
最初から最後まで全編を通し、重いテーマを真正面から描ききった作品です。読んでいて最後は、思わず涙してしまいました。
読みはじめに私が感じたと同様、なんとも気持ちの悪い話と思う方もいるだろう。
テーマからして好みが分かれる内容だが、私には感動の一冊なのでした。

永遠の仔〈上〉

永遠の仔〈上〉

  • 作者: 天童 荒太
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 1999/02
  • メディア: 単行本



永遠の仔〈下〉

永遠の仔〈下〉

  • 作者: 天童 荒太
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 1999/02
  • メディア: 単行本



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「阪急電車」有川浩著 [本]


阪急電車

阪急電車

  • 作者: 有川 浩
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2008/01
  • メディア: 単行本


鉄ヲタつながりで・・・・ププッ! 今日は、有川浩作品「阪急電車」の紹介をします。
しかしこのタイトル、阪急電車に乗り合わせた乗客たちのドラマが描かれている本ですので、誤解のありませんように。

兵庫県宝塚市の宝塚駅から西宮市の今津駅までを結ぶ、今津線を舞台にしたオムニバス形式の小説。各駅ごとの章となっており、そのそれぞれで主人公が変わる。
主人公は変わっていく中、それぞれがどこかでつながって構成されるストーリー、そこが本作の一番の魅力であると思う。

主人公たちは・・・
美人OLの翔子。彼女は入社以来調子よく取り入り続けてきた後輩に、彼を寝取られます。
犬を飼い始めようかと思い悩む老婦人と、その孫娘。
暴力を振るう男と付き合う気弱な女子大生。しかし彼女も心の中ではそんな彼から逃げたいと思っていたのだった。
図書館で知り合い何時の日か互いを意識しあうのは、地方から上京してきたどこにでもいそうな男女。
しっかりものの女子高生と社会人の彼のカップル、等・・・
関西の電車ならではの?セレブを気取ったハデハデなオバチャン軍団も登場をしてきます。

中でも主役と思われるのがアラサーOLの翔子。彼女は5年間付き合った彼との結婚寸前に、調子のよい後輩に取られてしまうのだ。
それに対する腹いせから結婚式に純白のドレス姿で乗り込み、花嫁よりも美しく目立つことで溜飲を下げたはずが・・・後に残ったのは空しさだけ。
帰りの車内で出会ったおばあさんの言葉から、見知らぬ駅に降り立つことになるのです。
適切なアドバイスを受けた事で、翔子はむきになっていた自分を省み自信と希望を取り戻していくのだ。それは読者である我々も同感するばかり。

ここでは特別な事件が起こるわけではなく、登場人物たちは誰もが持つであろう問題やささやかな幸せを抱えて生きている。
しかしそれぞれが絶妙なタイミングで交錯をし、影響しあう。
その様子から、読んでいると自分も今津線に乗っているような気がしてくるのだった。
ごく普通に暮らす人々の日常から切り取られた題材。
それぞれの結末は・・・「まだ日本人も捨てたものではない」とする安心、ほのぼのとした読書感が残るのです。

各駅ごとの乗車時間は短いものと思われる。
それは小説の方も同じ。私は一日で読み終えてしまいました。
作者の名前、浩は「ひろ」と読む、作者は女性だそうです。私は男性作家だとばかり思っていましたけれど。。。

本作は、先頃映画化もされました。
まだ未見ながら・・・コマーシャル等で見る、翔子役=中谷美紀のウェディングドレスを思わせる純白のドレス姿。その凛とした佇まいはとても美しいです。
老婦人=宮本信子、孫娘=芦田愛菜ちゃん。それぞれが文句のつけようのない適役に思えます。

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「カササギたちの四季」道尾秀介著 [本]


カササギたちの四季

カササギたちの四季

  • 作者: 道尾秀介
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2011/02/19
  • メディア: 単行本


「月と蟹」により第144回直木賞を受賞した、道尾秀介の最新作です。
「リサイクルショップ・カササギ」を営むのは、同級生である華沙々木と日暮の二人。
随分前に読んだ、三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」と似た設定だと思いました。「まほろ」の方は、瑛太と 松田龍平主演で先ごろ映画化をされましたね。
少しも儲かる事のないリサイクルショップで働く男二人。そこにある事件がきっかけとなって遊びに来るようになった中学生の菜美が加わって。タイトル通りに…彼らが遭遇する4つの事件。

それは決まって、強欲な和尚から日暮がただ同然のがらくたを高く買い取らされてしまう事から始まる。
さらには商売そっちのけで、事件によく出くわしてしまうリサイクルショップなのであった。
それは自称名探偵であるとする華沙々木が自らそこに飛び込んでしまうのだから、関わらざる得なくなってしまうのだ。
しかし実際の謎解きは、名探偵華沙々木のファン・菜美の為に、相棒である日暮がやってしまうと言う他愛のなさ・・・
キチンと華沙々木の推理になるようにと、日暮が手を加えてしまうところは大きなポイント!

四つの短編が積み重なって一つの作品となっています。
店長・華沙々木の天然キャラや、それぞれの事件のテーマが暗くないこともあって、全体的に気軽、読みやすく感じます。
軽妙な文章、ひねりの効いた展開。軽いのりでもって最後まで読んでしまいました。

私は初めての道尾秀介作品でした。この作者は、こういった傾向の作品を書く作家かと思い調べてみましたら・・・
デビュー以来一貫してミステリー作品を発表し続けてきた、ホラーやミステリー界の方だったのですね。
昨年の月九ドラマ「月の恋人〜Moon Lovers〜」の書き下ろしまで。あれって私には、どうしようもなくつまらなかったのですけど。。。

直木賞にしても芥川賞にしても、その受賞作品。かつては必ずと言うくらいに手にしたものでした。
それがいつの間にか、読み終わってから・・・そうなんだ~って感じになっています。
それだけ他に楽しみ、興味の対象が変わってしまったのでしょう。
ヨーグルトに芋ようかん.jpg
今日のオヤツは、普通のヨーグルト。ただそこにトッピングしたのが、家で生ったブルーベリーだって事。
その隣は、ネットリとしたお芋の美味しさが評判高い「安納芋」の水羊羹。これは、美味しかったです!

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「リスの窒息」石持浅海著 [本]


リスの窒息

リスの窒息

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2010/02/05
  • メディア: 単行本


私自身も初めての作者・著作ながら・・・今日も、少々マイナーな一冊。
ショッキングかつインパクトが感じられるタイトルの本書。この作者のものを手にしたのは初めてのことでした。

都内の私立名門中学に通う野中栞は、成績優秀な少女。
試験の最終日、栞は開放感から友人の小野寺聡子を連れて家に帰る。
ところが自宅二階のベッドルームには栞の両親と、家庭教師の死体が並んでいた・・・そんな惨劇を二人は目撃してしまいます。
栞の家庭教師と不倫をしていた母、気づいた父は母と家庭教師を殺害、自らも死を望んだのであった。
ショッキングすぎるシーンを目撃したに関わらず、それよりも自分の将来に不安を感じた栞。そして彼女は大胆な計画を思いつく。

読者である我々は、最初からこれが狂言であることがわかっている。
友人の聡子に自分を縛らせて、その写真を撮らせて。メールに添付して送る。そのメールにより「新聞社が身代金を払わなければ、この子を殺す」と脅された大手新聞社・秋津新聞。
我が社が、身代金目的の誘拐事件の標的となったのか???
見ず知らずの少女を救うためには、身代金は支払うべきなのだろうか。
前代未聞の要求を前にして、担当者たちと犯人との攻防戦はこうして始まった。

栞からメールを受け取った秋津新聞の投稿課。担当者の枚原馨と細川幸二は、上層部に報告をします。
出張中の社長に代わり、鴨志田編集局長が指揮をとることになるのだが…
栞は秋津新聞宛てにメールすると共に、秋津新聞とは犬猿の仲の週刊道標にも同じメールを送っているのである。
毅然とした態度で警察に連絡すべきか。犯人からの理不尽な圧力に屈して代金を支払うべきか。
しかし選択の場合によって、経緯を見ている週刊道標が何を仕掛けてくるかわからない。

ここで更に、最も面倒で厄介な問題が出てくるのだ。
社内の誰にどのような経路でもって報告をするか・・・と言った社内事情が考慮され、優先されるのだから。
人命より最優先される事、それは何をするにも社内事情について考慮し、社としての行動や保身がまず第一とされていくのである。
身代金要求という事態のもとではあるのだが、やっていることはある一定規模以上の会社でよく見られる社内事情を考慮して調整すると言った事に他ならない。

これは途中から・・・正に密室劇。人の思い込みを利用するほど容易いものはないと思わせてくれたり・・・
異常な状況下で中学生にいい年をした大人達が容易に翻弄されてしまう、プレッシャーから怪我人まで出る始末。
社内で最も尊敬をされていた社主の息子であり、若くして渡米した先の名門大学でMBAを取得した秀才・鴨志田編集局長が最も面倒かつ厄介な人物であった事など・・・
そんな中、常に冷静な判断と行動をしていく元社会部記者の細川はカッコイイ。

それは今回の大震災においても…始動の早さは政府の対応よりも、民間のほうがいち早いものであった事が思い出されてならない。
福島原発の事故に際しての無策や、対応の不味さ遅さもまた然り。

大人達は常に心理と行動を先読みされ、先手をうたれ、中学生達に翻弄されていく。
身代金の受け渡し方法も、栞本人が出向いてくると言った型破りなものであったのだから。
結末、そしてタイトルの意味が知りたいあなた。夏休み中に、これいかがでしょう。

今日のおやつは、白たい焼き。
皮にはタピオカが入っているためか、かなりもちもちしています。
本を読みながら・・・熱い日本茶に、小豆餡のたい焼き。
             白いたい焼き.jpg
もう一冊あるんだ。明日も、本ネタですよ~~

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「ひそやかな花園」角田光代著・「追悼者」折原一著 [本]


ひそやかな花園

ひそやかな花園

  • 作者: 角田 光代
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2010/07/24
  • メディア: 単行本


このところスッカリサボってはいたものの・・・一応、本だけは読んでおりました。
今日は、その中の二冊。

「八日目の蝉」に次ぐ、角田光代の新作の「ひそやかな花園」。
毎年、夏休みになると決まってある別荘に集まる七組の親子。そこは一組の家族の持ち物である大きなログハウス。
一定の期間このサマーキャンプを過ごしてきた7人の子ども達。輝くような夏の思い出は、一人一人にとって大切な思い出、記憶だったのだが・・・
きらめく夏の日々、その裏には親達により隠された秘密があった。

以下は、ネタばれになります。
それは・・・同じクリニックで知り合い交流が始まった、夫以外の精子で人工授精をして子供を授かった家族の集まりだったのだ。
成長した子供達が懸命に連絡を取り合い、調べた結果判明した事実であったのだが・・・
期待を持って読み進めていただけに、「なんて!思わせぶりなぁ~!」と拍子抜けをしてしまいました。
しかしその選択に至る夫婦間の葛藤は、想像にあまりある。
適わない場合、どのような手を使ってでも子供は欲しいものなのか!?

子供を生むと言う事、子供側からしたら今目の前にいる親が生物学上の親か、育ての親か・・・が作品のテーマとなっている。
その辺り「八日目の蝉」と似通っていると感じられます。
小説のラスト。
父親がだれであれこれが自分の人生、この先も一生懸命に生きていこうとする・・・それぞれの子供達が前向きな姿勢になり・・・ラストを迎えます。
重いテーマを扱った本作において、救いとなっていると思いました。
子供がいてもいなくても一人でも二人でも、 それぞれの状況で人は幸せを感じることが出来るはずと思う。それは私の勝手な思い込みなのかもしれませんけれど。。。


追悼者

追悼者

  • 作者: 折原 一
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/11
  • メディア: 単行本


下町・浅草の古びたアパートで発見された絞殺死体。被害者は大手旅行代理店のOLだが、夜になると街で男を誘っていたという。
ここまで読んで・・・過去に起きた東電OL殺人事件をモチーフとした小説と思われる方は多いものと思う。
あの事件から、ノンフィクション作家の佐野眞一は「東電OL殺人事件」を書き上げ、桐野夏生は同性の視点から力作「グロテスク」を書いたのでした。
しかし本作は実話ではないミステリーであるから、事件現場も被害者の勤務先も変えています。

事件に興味を抱いたノンフィクション作家が、彼女の生い立ちを取材する。
すると、彼女の周辺では奇妙な事件が相次いで起きていたことがわかってくる。
彼女を殺した犯人は?その動機は?
本書では、ライター笹尾の視点から書かれたものと、関係者の証言が交互に続く。
そこへ誰の視点からなのかわからない独白が挿入されているので…読者は混乱させられるのだ。
殺害されたOL奈美の過去が明らかになるにつれて謎は広がっていき、疑わしく感じる人物も変わっていきます。
私は最後の最後まで犯人がわからなかった、意外でした。
事件をモチーフにはしていますが、これがこの作者の手法なのでしょうか。
相当に想像を膨らませて読み進めていかないと、混乱させられます。ラストはチョッとした衝撃でした。

作者・折原一のものを読むのは、「誘拐者」に次いで二冊目となるのだが・・・面白いとか、好みかと言われたら???
人間のもつ心理状態ほど怖いものはないと思わせる・・・後味は最悪に近い。夏の夜のホラーなみなのであった。
どちらも実家に置いてあったものをもらってきて読んだものです。
自分で選んで読んでおいて…どちらもとんでもなく暗~いなぁ!と感じた作品でした。
同じように暗いなら暗いで、そこに更に毒を盛り込んだ桐野作品の方が爽快だって思ってしまった私です。

グロテスク

グロテスク

  • 作者: 桐野 夏生
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/06/27
  • メディア: 単行本



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「告白」湊かなえ著 [本]


告白

告白

  • 作者: 湊 かなえ
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2008/08/05
  • メディア: 単行本


昨年映画化をされ、そのテレビ放映も間もなくと言う・・・話題の小説「告白」を読みました。
作者・湊かなえのデビュー作にして、第6回本屋大賞を受賞したベストセラー作品です。
中学校の終業式の日。
一年生の担任教師である森口は、生徒を前に淡々と・・・しかし、衝撃的な告白を始める。
「私の娘・愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです。」
学校のプールの中、変わり果てた姿で発見されたのは彼女の娘愛美。
当初は事故と思われたこの事件が、実はクラスの生徒による殺人事件だったと森口は語り始めるのだ。
そして彼女が選んだ、犯人達への復讐方法とは・・・・
刑事罰の対象年齢までいっていない犯人達に対して、精神的な暴力で追い詰めていく。
それから始まる、クラスメート達のいじめと嫌がらせ。

教師の森口、犯人として名指しされた生徒二人、クラスメイトである女生徒、犯人の母親・・・
1章ごとに、告白をしていく語り手は変わる。それぞれの視点から、事件の全容が明らかになってくるのです。
女生徒・北原美月、少年Bと、その母親。
それぞれの状況や年代も違っているが、事件に関わった登場人物の独白形式で全編が構成されています。


子供を殺された怒りと悲しみ、痛みとやるせなさ。森口の冷静過ぎるほどの語り口は、感情を抑えてのものであったとしよう。
自己愛の強さばかりが目立って、周囲を全て「馬鹿ばっかり」と見下す少年A。
思慮が足りない幼さの目立つ新任教師。問題をオープンにしない学校の隠蔽体質。
偽善的で我が子の胸のうちに思いをめぐらすことの出来ない親、簡単に子供を捨ててしまう親の姿もここでは描かれている。

ここではひとりとして、感情移入出来る人物はいません。
垣間見えるのは、人間のもつ残酷さ、怒りの感情、愛情への欠乏、蔑み。
常に周りを観察しそれに合わせている中学生達の繊細さは痛々しく、殺伐とした感情は不幸せな社会ゆえに生まれたものなのかと思ってしまう。
子供とは、生きにくい現代の世の大人達の姿を映し出す鏡のような存在なのだろうか。
今の日本社会が抱える複数の問題が、ここでは浮き彫りにされたかのように感じます。
まともとは思えない登場人物達には、思わず・・・「どいつもこいつも・・・」なんて!・・・オホホホ・・・そのような言葉さえ出てきてしまいました。
人の気持ちの中にある不気味さと怖さを、ずっと感じつつ読み終えましたけど、後味も良くない作品でした。
面白かったかと問われたら、それもまた微妙な感じです。正直、期待が大きすぎたのでしょうね。
それでもラストまで一気に2~3日間で読んでしまったのだから、作者が優れたストーリーテラーであることは間違いないものと思います。


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「さよなら渓谷」「悪人」吉田修一著 [本]


さよなら渓谷

さよなら渓谷

  • 作者: 吉田 修一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/06
  • メディア: 単行本


先日映画で見た吉田修一による、原作「悪人」が読み終わりました。次の作品である「さよなら渓谷」の方を先に読んでしまったから・・・順番としては逆になってしまった訳ですけれど。。。


数年前実際に秋田で起きた、殺害事件を思い起こさせる・・・「さよなら渓谷」は、幼児の殺人事件から始まります。
自ら手で子供を殺してしまう母親の事件。しかしここではそれはさほど重要ではない。
事件をきっかけにして始まる、隣家に暮らす三十代の夫婦の間に生じる亀裂。
取材する記者が探り当てたのは、 15年前に起きたひとつの事件。読み進めるうちに、私達にも、一見普通に見える夫婦の意外な過去が明らかになってくる。
二人はそれぞれに過去と決別をし、それでも消しきれない過去を抱えたまま、人目を避けてひっそりと暮らす。
それなりに安定した日常生活をおくるが、隣家の事件が起こることで微妙な揺れが生まれてしまうのであった。
長い歳月を経て後、15年前の加害者と被害者の二人を結びつけたものは何だったのだろう。
この夫婦の互いの心の中に潜むものに、作者は深く迫る。
逃避行を続けてでも結びつこうとする前作「悪人」とは、まるで正反対のような二人なのだが・・・読み進むつれて私にも、これもまた一つのひたむきな愛の形であると思えた。
自分の犯した罪と向き合い続けた男にとって、それは人生そのものであったように思う。

悪人

悪人

  • 作者: 吉田 修一
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2007/04/06
  • メディア: 単行本


「悪人」は、福岡市郊外のある峠で起きた殺人事件。
先に映画を見て、その感想を書いていますのでhttp://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2011-04-04
事件を発端にして交錯する人間関係。この辺りについてはさすがに詳細でわかりやすい。
その夜、祐一が佳乃の発した言葉に対し過剰なまでに反応をし殺意まで抱いてしまったのか。
加害者の男と、彼を愛してしまった孤独な女。
祐一と光代のもつ、それぞれの日常の閉塞感。現実からの逃避行。二人の行方。
それぞれの立場によって悪人の対象は異なり、誰もが悪人に成りえるのだと思いつつ読み進めました。

どちらも共通するのは、現代社会の希薄な人間関係と、主役の男女のもつ孤独。
事件に関わる人々の心中の葛藤、残されたものの切ないまでの寂寥が丁寧につづられている。
両作品とも暗い内容ではあったものの、ラストにホンの少しだけ救いを感じることが出来た事は幸いであった。

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「プリンセス・トヨトミ」万城目学著 [本]


プリンセス・トヨトミ

プリンセス・トヨトミ

  • 作者: 万城目 学
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/02/26
  • メディア: 単行本


大阪出身の作家・万城目(まきめ)学の原作を読んだのは、すでに数ヶ月前のことながら・・・映画化されて今月末公開をむかえるのを機に、今日は話題の小説「プリンセス・ トヨトミ」について書きます。

物語の発端となるのは、東京の会計検査院からやってきた三人の調査官。
「鬼の松平」こと、会計検査院第六局に所属する副長の松平元。頭脳明晰なハーフの長身美女の名は、旭ゲンズブール、旭よりもはるかに小柄なしかし独特の嗅覚でもって活躍をする男は鳥居。
会計検査院とは、税金の使い道を調べて無駄かどうかを判断する特殊な機関のこと。
調査員達と大阪城を拠点にする謎の財団法人「OJO」とが対決する事により、大阪のほとんどの機能が「全停止」するという奇想天外なストーリー展開となるのである。

大阪の過去の歴史にからめた設定、登場人物たち。読み進めるうちに、その謎解きも進んでいき・・・
ネタバレになってしまうから、これ以上詳しい記述はしませんけれど。
「大阪全停止」なる行動を起こす、重要な要素となるのは東に対抗しようとする大阪人の気質。
観光名所である大阪城の地下に数十年の間、大阪人のみが知るもうひとつの国家が存在していたのだ。
ここ大阪国の総理大臣は、お好み焼き屋「太閤」の主人である真田幸一。
国民を前にしての松平との対決シーンの堂々とした姿勢は、某国の総理大臣にも見習って欲しいものです。

実家に置かれていた中から、タイトルとハードカバーのイラストとに惹かれて読み始めました。
せっかくなので全504頁読みきったものの・・・カバーの帯に書かれている「最高傑作」はオーバーに感じた。
登場人物それぞれの名前が豊臣と関係しているのを面白がると言うのも、私的にはなかったかな。
このような軽いのりを面白がる趣味はありません。
大河ドラマ「江」でも描かれているように、豊臣家の人々は一家に秀吉と言う人物がいたばかりに波乱に満ちた人生をおくった人々であったのだから。
今回の「江」の脚本から、あまりにも現代的な人物描写に常に違和感を覚えています。
史実とあまりにかけ離れてしまうのも、どうなのでしょうか。

いずれにせよ本書は、私世代ではないもっとずっと若い年齢層の読者向けに書かれたものなのでしょう。
大阪人でしたらきっとグットくるものがあるであろう壮大なファンタジー、エンターテインメント作品として受け取れるかと思いました。

映画では堤真一、岡田将生、綾瀬はるかの出演。
旭と鳥居のキャスティングは、互いに男女入れ替えとなっています。
大阪城が燃え上がったかのように真っ赤になるシーン。合図に合わせて大阪中の男達が大阪国に終結する様。そのようなシーンの数々がどのような映像作品に仕上がっているかは興味があります。
今月の28日から・・・間もなく映画が公開されます。http://www.princess-toyotomi.com/
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人生ベストテン、出世花、スプートニクの恋人 [本]


人生ベストテン

人生ベストテン

  • 作者: 角田 光代
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2005/03/02
  • メディア: 単行本


今日は、ここ数日間に読んだ本の紹介をします。
最初一気に、数時間で読み終えたのは角田光代の「人生ベストテン」でした。
読者に「母性」や「因果」と言う重いテーマをつきつけた「八日目の蝉」。こちらは、作者がその前に発表した短編集です。
「床下の日常」「観光旅行」「飛行機と水族館」「テラスでお茶を」「人生ベストテン」「貸し出しデート」の6編が収められています。
どこにでもいそうな平凡な冴えない登場人物達。
力の抜けた文章はどれも読みやすい。ここから作者が中々のストリーテラーであるのもわかってきた。
ただ短編なので書き込みが浅いだけに、ただ面白いだけ心に残るものがないような。。。

「八日目の蝉」はドラマ化されて昨年の3月からNHKで放送されました。その原作が今度は映画化され4月29日から公開されるのです。
時を同じく文庫化もされましたので、これを機に多くの方々に読まれる事と思われます。

不倫の末に我が子を中絶せざるをえない状況に身をおいた希和子。
彼女は絶望の中でその夫婦の子供を奪い、それからは偽りの親子として逃亡生活を続けます。
誘拐された子供・恵理菜は成人になって後、妻子のある男と付き合い希和子と同じ道をたどろうとしている。
本を読んだ感想については、簡単なものながら・・・http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27

八日目の蝉

八日目の蝉

  • 作者: 角田 光代
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2007/03
  • メディア: 単行本


新進女流作家・高田郁の時代小説は、「出世花」。
母親が不義密通の相手と駆け落ちし、そのことで父娘は仇討ちの旅に出た。
長旅の末、空腹に堪えかねた親子。野生の草を食べ毒にあたった父親は、運ばれた寺で自分の素性と事情を話して残す娘のことを頼むのだった。
成長をした娘は、亡くなった後の父が湯潅される様を見てから後、寺で亡きがらを綺麗にする仕事をしたいと願うようになる。
「艶」から仏縁の「縁」と改名した少女が、美しく成長する姿を透明感あふれた筆致で描いた時代小説である。

「屍洗い」なる仕事が死と直接向き合う行為であるゆえ、悪意に満ちた視線、理不尽と思える非情も登場するのは勿論のこと。
しかし縁は周囲の心根の優しい者達に守られ、生きる事の苦難や悲しみ、喜びを感じながら成長していくのであった。
その中で垣間見られる人の情には心が熱くなります。決して声高でもなく、派手なストーリー展開もないものの・・・じわっと心に効いてくる内容に思えました。
表題の「出世花」は、「小説NON短編時代小説賞」の奨励賞を受賞した作品だそう。
時代は違っても、人の営みや思いは変わらなく同じものだと感じた次第でした。

出世花 (祥伝社文庫)

出世花 (祥伝社文庫)

  • 作者: 高田 郁
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2008/06/12
  • メディア: 文庫


意味深なタイトルから手にした「スプートニクの恋人」は、村上春樹による書き下ろし長編小説。
「スプートニク」の意味は「旅の連れ」。単純に「衛星」と言う意味があるとも書かれている。
語り手の「ぼく」と、大切な友人である「すみれ」、すみれが恋した17歳年上の女性「ミュウ」。
男女三人の奇妙な関係、プラトニックな恋愛を描いた本作品。
出来事の全てはすみれの恋によって引き起こされ、そして終わる。
失踪したすみれ、しかし彼女の不在はぼくの中で存在の消滅にはつながらない。
すみれを失った後に残された孤独は深い。それでも彼女の失踪を受け止めて理解しようとする。
人は絶対的に孤独であるからだろうか。
そこに村上ワールドがあり、過去に読んだ作者の「ねじまき鳥クロニクル」のミステリー要素とが絡み合っている作品であった。
作品内容をうんぬんより、淡淡とした描写や表現が強く読後感につながっているものと感じました。

スプ-トニクの恋人

スプ-トニクの恋人

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1999/04/20
  • メディア: 単行本


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「シズコさん」佐野洋子著 [本]


シズコさん

シズコさん

  • 作者: 佐野 洋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/04
  • メディア: 単行本


読もうと思いつつ・・・一月以上も置きっぱなしでおいた本「シズコさん」を読みました。
作者は、絵本作家、エッセイストの佐野洋子です。
この簡単なタイトル、作者が描いたイラスト(モガ時代の作者の母親であるシズコさん)に反して、内容は濃かった!
決して楽しくはない、ここで描かれる内容は重いものなのに、一日で読み終えてしまったのだから。
本書は新潮社「波」に、2006年から2年間に渡って連載されたものです。
そのどれもが家族の事・両親について書きながら、必ず最後には母親を施設に入れてしまった事について悔やむのだ。

中国満州からの引き揚げ後に3人の兄弟を次々と亡くした経験から、あの代表作である「100万回生きたねこ」は生まれたのだろうか。
ここでの猫は、愛する対象に出会って初めて生きる喜びを感じる。
しかし時が経つと100万回生きたねこと違って、相手の猫は死んでしまいます。そこで初めて、100万回生きたねこは悲しみを知るのだった。

作者が子供の時、欲求不満からか?彼女だけを虐待をした母。
障害をもって生まれた自分の兄弟や、親の面倒は一切を妹に押し付けて実家を省みなかった母。
孫が生まれても、お祝いはおろか洋服やおもちゃを買ってくれる事もなかった母。
作者が家を購入する時に、お金は貸してはくれたものの・・銀行を同じ利子をとった母。
家事能力の高さや未亡人になってからの頑張りについてはちゃんと認めているし、それはちゃんと自分自身にも受け継がれているとも書いてある。
それでも読んでいて、こんな親もいるのかとあきれてしまったのだけど・・・作者は繰り返し、繰り返し自分を責める。「お金で母を捨てた」という言葉が毎回出てくる。
そこに至るまでの幼い時からの両者の関係を読んだ後では、別にそこまでと思ってしまうのだが・・・それが家族の不思議さなのだろう。

私は母との間にこれまでに確執など一度もなかったと思う。自分の親を憎んだ事も、遠ざけたいと思った事もないから、この感覚はわからない。
それでも理解できたし、なぜか感動もした。
娘は母を特別な「目」で見る。反対に母親の方も、娘に対してはそうなのだろう。
その後の生き方が決定づけられてしまうほど、その影響力は強いもの。
この本は、母親と娘との関係を真正面から描いた作品に感じました。

振り返って自分自身を考えた場合。
私の父は今から13年前に、長い闘病の末67歳で亡くなりました。その父をずっと支えて、と言うよりも家族を守ってリードしてきたのは母だったように思う。
私が子供だった頃はまだ日本全体が貧しくて、国内旅行でさえあまり一般的ではなかった。それでも父は友人たちと共に日本中を旅した。
それ以外でも、一度出かけると中々帰ってこなかった。
言葉数の少ない人だったが、自分の思い通りに好き勝手に生きた人だと、死んだ後で思ったものです。
でも仕事に対しては真面目だった。社会的には決して立派でもなんでもなかったげれど。。。
病弱だった私を病院に連れて行ったのは父であったし、お土産もよく買ってきてくれた。
コートの中から出てきた湯気を出すホカホカの中華まんや焼き芋の感触は、今でも思い出せる。子供には良いお父ちゃんであったのだ。

父の存命中・・・自己中心的な父に文句も言わず、20年以上の入退院の日々も毎日献身的に父を見舞った母。
そんな母も一人暮らしが長くなって、今はすっかりワガママおばちゃんになってしまっている。でもそれでいいんだ。これまでずっと耐えて、今だってひとりの孤独に耐えているのだろうから。
長女である私は、外見も性格もそんな父にそっくりだと・・・母は言う。
結婚が早かった私に対して、長い独身生活を謳歌してきたのは弟の方。しかし結婚後、彼はうって変わって家族の為にだけ生きる人になっている。
母はその姿に自分を重ね合わせているのか、弟には絶対の信頼をよせているかに見える。

ここに書かれている内容は勿論そんな事だけではないけれど・・・考えさせられることが多いのです。
作者はこれを書きながら・・・ 幼い時からの家族の暮らしを、もう一度文章の中で過ごしたのだろう。
今は元気でいる母がもっと年取ったら、私も同じような痛みを感じる経験をする事があるのかもしれない。
まだの方には、この本は是非お勧めしたい。

エッセイでは「神も仏もありませぬ」、これは読んでいて楽しい気持ちになれる本です。
「役にたたない日々」の中では、自らのがんを告白しました。
亡くなった後に、彼女については私のブログ中においてもふれております。
佐野洋子さんを悼んで・・・http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2010-12-02

100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))

100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))

  • 作者: 佐野 洋子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1977/10/19
  • メディア: 単行本



神も仏もありませぬ

神も仏もありませぬ

  • 作者: 佐野 洋子
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2003/11
  • メディア: 単行本



役にたたない日々

役にたたない日々

  • 作者: 佐野 洋子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2008/05/07
  • メディア: 単行本



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「つばさよ つばさ」浅田次郎著 [本]


つばさよつばさ

つばさよつばさ

  • 作者: 浅田 次郎
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2007/09/27
  • メディア: 単行本



私はいつもベッドの中で寝付く前の睡眠剤代わりとして、本を読むことを常としています。
今日紹介するのは、そんな時ぴったりな軽めの文章、楽しい内容のエッセイ集。
書く作品が次々と映画化・ドラマ化されている、現在乗りに乗っている作家・浅田次郎作の「つばさよ つばさ」です。
これまで作者の小説は読んでいたのだけれど 、彼のエッセイ集は初めてのこと。

書かれている内容は、作者が訪れた世界中の情景や食べ物にホテル、そこでの出会いなど旅の醍醐味が満載なのだ。
今の私は以前のようには気軽にどこへでもという訳にはいかなくなってしまったものの、読んでいると本当にどこかへ出かけて行きたくなってしまうのです。
NY、パリ、ロンドン、ヴェネツィア・・・ツアーであったに関わらずどこもかも懐かしい良い思いでばかり。出来ることならもう一度行ってみたいな。
しかしそのような単純な私の発想とは全く異なる展開を見せてくれる。さすがはここでも浅田ワールド。
語彙の豊富さ、日本語の美しさに改めて気づかされるのみでなく、深い教養に支えられた文章は満足感も高い。
川端康成や三島由紀夫、トルーマン・カポーティなど有名作家については作中でふれています。
あいかわらずのストーリーテラーの名手であるから、時には笑い出したくなるような箇所もあり・・・・どれも飽きさせることなく、楽しく読めました。
本書は、日航機内誌に掲載されたエッセイをまとめたものだそうです。

これまでに「天切り松 闇がたりシリーズ 」「地下鉄に乗って」「椿山課長の七日間」「月下の恋人」「月島慕情」等・・・数冊を読破したのみ、私はごく普通の愛読者です。
天切り松 闇がたりシリーズはこちら[次項有]http://plaza.rakuten.co.jp/simarisu2/diary/200703060000/
地下鉄に乗ってはこちらへ[次項有]http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2010-04-23
月下の恋人[次項有]http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2010-02-17

「蒼穹の昴シリーズ」を書くに当たって中国各地を取材で訪れたエピソードの数々が書かれていたことからも・・・・
ここはやはり「蒼穹の昴」は読んでおかねばと思った次第でした。

ああ、もう一冊あったはずなのに・・・もう書くだけの気力がない!

蒼穹の昴全4巻セット (講談社文庫)

蒼穹の昴全4巻セット (講談社文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/03/04
  • メディア: 単行本



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「柔らかな頬」桐野夏生著、佐野洋子さんを悼んで・・ [本]

気がつけばここしばらくの間は、お気楽なドライブ日記ばかり書き続けてきてしまっています。
それでも一応は本を読んだり、映画を見たりはしていたのです。
気がつくまででもなく、それをこうして書くのを面倒に思っていた。どう書いてよいのかわからないでいただけの事なのでした[バッド(下向き矢印)]
近頃は以前のようにまとまった内容を考え、文字にして書くことが困難になってきてしまってます。これも年と言うことなのかしらね・・・

そこで読後に覚えているものだけを簡単に紹介しておきましょう。自分自身の覚書代わりに。

作家としてデビュー当時から、発売と同時くらいに購入して読んでしまっているのは桐野夏生作品です。
今日紹介するのは、初期に書かれた「柔らかな頬」。直木賞受賞作です。
この本も当然再読となるのであるが、私の記憶にあるのは冒頭の部分だけだった[あせあせ(飛び散る汗)]

主人公の森脇カスミは高校卒業時に北海道の寒村から家出をし、その後は東京でずっと暮らしてきた。
製版業を営む夫には内緒で、大手広告代理店のグラフィック・デザイナー石山と不倫関係にある。
石山は北海道に別荘を買ってそこにカスミの家族を招く。その別荘内で密会をするのが二人の目的であったのだ。
カスミにとりそこは十数年ぶりに踏んだ故郷の地でもあった。

石山との情事の翌朝、カスミの長女が神隠しにでもあったように失踪をしてしまう。
母親にとってそれはある日突然に、理由もわからないままに最愛の存在を失ってしまうこと。
時間の流れとともに失踪事件が風化していく中でカスミだけは一人、わが子への思いに囚われて娘の姿を追い求めます。
一時は家族を捨てることまで考えていた母親にとって、日常生活の中から子供がいなくなるということがどのようものなのか。。。
親や過去を捨てた人間であるカスミ、それがその後自分の子と過去に囚われていくのは人生の皮肉。

後半に登場するのは、数十年ぶりに捨てた故郷に戻ったカスミをむかえるその母。
これまでの桐野作品同様に、ここでも主人公のイメージはハッキリと描かれています。
最愛の娘を失ったことにより生きている時間を止めてしまった女は、娘を捜すことに人生の全てを捧げますが。
時を失ったままで、その先をどのようにして生きていくのか・・・・

カスミと共に娘探しの旅に出るのは、ガンを患って余命幾ばくもない元刑事の内海でした。
この男、過去には目的の為であれば何でもしたという。
道警一課の刑事まで自らの力だけでのし上ってきた内海。
今は死に向かいあいながら、これまでとは違った意味で野心の為ではなく事件に向かい合うのだ。
事業に失敗し妻とも離婚して借金取りに追われている、風俗嬢のヒモでしかない石山の変貌ぶりも心に強く残ります。

真実は最後まで明らかにされない。
本作のテーマは登場人物達の心情の変化、魂の漂流が描かれたものと思う。
人が人として生き続ける意味は?
桐野作品は毎回、暗くて重い。
それでも読まずにはいられない何かがあると思ってしまう。主人公たちの生きようとする姿勢は私の欲するものかもしれないのだから。
読み終わってみて、読後感は非常に重たいものの・・・作者の筆致はやはり冴えているものと感じられました。

ソネットに越してきて1年半程になります。
その間、ブログレポートにより送られてくる私の注目記事不動の一位は、桐野作品「東京島」なのでした。もしよろしければ[次項有]http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2009-09-03
短編集の「アンボス・ムンドス」についてはこちらへ[次項有]http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2009-10-13
柔らかな頬

柔らかな頬

  • 作者: 桐野 夏生
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1999/04
  • メディア: 単行本



東京島

東京島

  • 作者: 桐野 夏生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/05
  • メディア: 単行本



最後に、すっかり時期を逸してしまっているものの・・・絵本作家の佐野洋子さんについて書いておきたいと思います。
30年以上も前に刊行された絵本である「100万回生きたねこ」。
この本は手にとった方、またお母さんに読んで頂いた思い出をもつ若い方は多いのではないでしょうか。
これでもこうして病気になる前は私も、子供達に本の読み聞かせのボランティアをしていました。
ボランティア活動を主としていたと言うより、自分の楽しみの為に絵本や子供向けの本をずっと読み続けてきたと言った方が正しいような気もします。

この本は、100万回死んで生き返っていたねこが主人公。
自分自身を生きていくことの困難さ。誰もが一人だけでは生きていくことは出来ない。
自分自身よりも愛するものに出会った時。その死に向かい合うと言うことなど・・・
ねこが主人公の絵本ながら、大人の心にも十分届く内容のものでした。

人生の後半からはエッセイストとして「神も仏もありませぬ」。
老いの日常生活を書き記した「役にたたない日々」。
歯にきぬ着せぬ表現で日常を綴ったそれらのエッセイからは、飾らない人柄、ユーモラスな感覚が大いに感じられるものでした。
一時は詩人の谷川俊太郎さんとパートナー生活をおくるなど、常に本音で生きる爽快感と軽やかさも。
佐野さんは先月、72歳でお亡くなりになりました。書かれたものをもっと読んでみたかったものと思い残念でなりません。

100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))

100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))

  • 作者: 佐野 洋子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1977/10/19
  • メディア: 単行本



神も仏もありませぬ

神も仏もありませぬ

  • 作者: 佐野 洋子
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2003/11
  • メディア: 単行本



役にたたない日々

役にたたない日々

  • 作者: 佐野 洋子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2008/05/07
  • メディア: 単行本



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「目の玉日記」小林よしのり著 [本]


小林よしのり 目の玉日記

小林よしのり 目の玉日記

  • 作者: 小林 よしのり
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2006/03/07
  • メディア: 単行本


30代前後であれば「おぼっちゃまくん」、それ以上の年齢であれば「ゴーマニズム宣言」の作者。
今日は、小林よしりんによる闘病日記マンガ「目の玉日記」の紹介をします。

綺麗な目をした少年であったはずの作者。
漫画家という目を酷使する職業に関わらず、その生命線である「目」に訪れた白内障の危機。
病院嫌いからずっと避けていたが、通院せざるをえない状況となる。
出会う医師の診断はあやふやで、白内障と緑内障を併発しているとか・・・・
あれこれあった末に、ようやく信頼できる医者と出会って入院をする。

目が見えづらくなってしまう恐怖がリアルに描かれていたり、それでも何とか手術だけは避けたいとする心の揺れも。
最後の手段である手術を選ばざるを得ない経緯、実際の手術風景も描写されているから、個人の白内障の闘病記として参考となる内容かと思う。
入院生活を送ることによる不安定な心境も、わかる、わかるわ[もうやだ~(悲しい顔)]

そして、手術後の変化も。
天然色な世界に感動したり[ぴかぴか(新しい)]過激になったり。帰宅して、自分の書斎のグロさに驚愕したり[むかっ(怒り)]
作者の持つ「毒」と「ユーモア」は勿論、ここでも健在なのである。
しかし思想的な要素はゼロの漫画なので、気楽に、安心して読んで欲しい。
そう言えば・・・この作者「朝まで生テレビ」等、一時はテレビ番組にも積極的に出演していましたけれどね・・・・

白内障は老いとともに誰もがかかる目の病気、40代でもその症状は出始めるらしい。
どのような病気であれ、自分の身をを信頼して預けられる医師に巡りあうのは重要なことです。

この本は何時もお薬を頂いている通院先の看護師さんから、お借りしました。
先月の採血の時でした。
「あら、ここって面白い本があるのね」「あれって、小林よしりんの本でしょ」
「ご存知なんですか」
「よしりんの、おぼっちゃまくんは何時もテレビで見ていたもの」
「そうですよね~~」「私達、同年代ですから~~!」
それってホントは、家の息子の方と同年代なんだと思うのですけれど[あせあせ(飛び散る汗)]
「もしよろしかったら、お持ちになって読みませんか」と言われて、家に持ち帰り読んだものでした。

※真面目な私が書いたからか・・・真面目に受け取られている方が多いようですが、この本はあくまでも漫画です。それも「おぼっちゃまくん」を描いた小林よしのりなのですから、内容的には不真面目なものではないものの、さっと読んで、いくつかは笑い飛ばして楽しんでそれで終わりなのです。 

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「星間商事株式会社社史編纂室」三浦しをん著 [本]


星間商事株式会社社史編纂室

星間商事株式会社社史編纂室

  • 作者: 三浦 しをん
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2009/07/11
  • メディア: 単行本


昨日に続いて・・・今日は、最も最近になって読んだ本の話。なーんて書くと、またドン引きされてしまいそうですけれど・・・
今回の主人公は、中堅商事会社の社史編纂室に席を置く川田幸代。
実家の親からは暗に結婚はまだかとせっつかれている、そのうっとおしさから親とも距離を置く崖っぷちの29歳、同棲する彼は居るものの結婚の予定はなし。。。
そして彼女は、「同人誌作りこそが我が人生」なオタク。
飛ばされた社史編纂室は・・・・定時に出社する事のない給料泥棒の名がぴったりな本間課長。
可愛くてグラマラス、しかし仕事は出来そうな・・・不思議な子・ミッコちゃん。
仕事そっちのけで女遊びに忙しい毎日をおくっている矢田先輩。その上、姿をあらわさない謎の部長まで・・・と、スペサルな面々が揃っていたのだった。
この設定からは、以前ヒットしたテレビドラマ「ショムニ」が思い出されました。

幸代がオタクである事がばれてから、「社史編纂室でも、同人誌を作ろう!」と柄でもなく何時にない程に積極的な本間課長。それは彼のただの気まぐれか、それともその真意はどこかにあるのだろうか?
この面々が本業である星間商事の社史作成に当たって調べを進めていくと、過去の関係者だれもがが口を濁す時代があった事に気づく。
高度経済成長期の最中星間商事には秘められた過去があり、それが現在の発展につながったと言う・・・
謎の社用原稿用紙に付けられた、月と星のマークの意味するものは何!?
それは実在することのない架空の国「サリメニ」と、国王に差し出された姉妹である日本女性二人。
現在の専務である柳沢もそこに関わっている事実を、つきとめたのだった。

この長い堅いタイトルに反して、ゆる~~い内容。
しかし次第に活き活きと活躍を始めるそれぞれのキャラ。
ただのダメ親父にしか見えない本間課長が、意外と出来たりするのは・・・・この手の作品のお約束!
仕事も女性関係もいい加減に生きている様に見えた矢田も、最後にはキッチリと決めてくれるのだった。
星間商事の空白の過去、サリメニ共和国で行われた取引が書かれた裏社史は皆の協力の上にようやく完成をする。

皮肉やつっこみどころ満載の面白い会話。
ストーリーもテンポよく軽快で気持ちの良い、楽しく読めた一冊です。
コミケ(コミックマーケット)=同人誌即売会の存在も知って、こういった世界が多くの人に支持されている事実も興味深く思いました。
読んでいる最中から「同人誌」や「コミケ」に、一度でいいから参加してみたくなる内容でした。
ストーリーの途中、途中に絶妙のタイミングで挿入される幸代の書いた小説、本間課長の書く痛快時代劇があります。
課長の時代劇は、荒唐無稽で馬鹿馬鹿しいのだけれど楽しめました。もっと読みたかったなぁ~~
この辺りにも、オタクムードがプンプンしてとても楽しめます。

三浦しをん作品は、直木賞を受賞した「まほろ駅前多田便利軒」を随分前に読んでいました。
過去の日記から探し出しましたので、よろしければこちらへ[次項有]http://plaza.rakuten.co.jp/simarisuu/diary/200608310001/#comment
この時には、この程度でも「直木賞」受賞となるのね。・・・くらいにしか思えない内容でした。
どちらも軽いけど、「星間商事・・・・」の方がずっと楽しめるかと思います。
本の装丁とカバーは、読んでいくとそれぞれが本作の中でどうして使われたのかその理由もわかって、その辺りも楽しめる仕掛けとなっています。


まほろ駅前多田便利軒

まほろ駅前多田便利軒

  • 作者: 三浦 しをん
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2006/03
  • メディア: 単行本



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夏の間に読んだ本 [本]

夏の間に読んだ本について、今日は書きたいと思います。
「玻璃の天」を読んでから、かなりお気に入りとなってしまった北村薫作品。
花村家のお嬢様・英子と、通称ベッキーさんこと別宮みつ子が活躍をするベッキーさんシリーズ。
ベッキーさんは当時は珍しかったであろう女性運転手。のみならず頭脳明晰で博識、栄子にとっては良き相談相手なのである。
直木賞受賞作品の「鷺と雪」は、シリーズの三作目です。
二作目「玻璃の天」から読んでしまいましたが、今回は「街の灯」「鷺と雪」へと順番に読みました。
軍部が中心となって戦争の時代へと突入していく昭和初期が、シリーズの時代背景となります。
登場するのは明治期を思わせる華族や財閥、そんな友人を持つ裕福な家の女学生と彼女専用の運転手。
ここではなんと言ってもその時代背景が魅力。今では想像もつかない昭和初期の上流階級の暮らしぶりが興味深くて、満足感高く読めたのでした。
「玻璃の天」を読んで感じた感想については、こちらへ[次項有]http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2010-06-02

こちらもお気に入りの作家、桐野夏生のものは「IN」を。
「IN」はタイトルと本の装丁が似ている「OUT」がイメージされて、描かれるストーリーも似通ったものと思い読み始めたものの・・・全く違う内容の作品でした。
ストーリーの中心となるのは作家・緑川未来男が書いた小説「無垢人」と、そこの中の恋人○子。
「無垢人」は、○子と夫との関係に嫉妬し狂う妻と緑川との日々をを赤裸々に描いた私小説。これは島尾敏雄の「死の棘」が連想される内容です。
作家の鈴木タマキはこれまで明らかにされてこなかった○子を特定しようと、取材を進めていく。そこにタマキと、担当編集者との不倫も絡んで・・・

先の「OUT」では、ヒロイン雅子と雅子を追い詰めていく男佐竹との対決シーンが私の中では特に印象に残りました。
ブラジルまでひとり逃避行を続ける雅子の強い生き方に、世間の価値観から外れて生きるカッコよさを感じました。あれは犯罪小説と言うよりも、ハードボイルド小説。
女性が生きていく上で社会に抱く矛盾や挫折、それらに対する洞察力が優れているのがこの作者の大きな特徴だと思う。
「OUT」は海外でも評価されて、エドガー賞に日本人初としてノミネートされました。結果はイギリス人作家が受賞しましたが、これは大変な快挙と言えると思います。
桐野夏生はどれも常に、作品を一気に読ませる圧倒的な筆力があると感じながら読んでしまいます。
ソネさんに私が越してきてから一年と少々。時々送られてくるブログレポートにおいて、不動の一位は彼女の「東京島」を紹介したものなのである。
恐るべし・・・桐野作品。その東京島について感心のある方は、こちらへ[次項有]http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2009-09-03

次は、重松清の「きみ去りしのち」。
このタイトルから想像できるように・・・家族の「死」を題材とした作品です。
再婚した妻との間に生まれた息子を、1歳の誕生日の直後に亡くした私。そして皮肉にも、これから死を迎えようとする彼の元妻。
私と、別れた妻のもとで成長した娘明日香との旅が綴られていきます。
約1年がかりの旅の末に、本作も終わりを迎えます。それはセキネが明日香との絆を確かめていく物語として捉えましたけれど・・・・テーマの割りに、あまり心に残るものがなかったような・・・
作者のものは「カシオペアの丘で」に次いで読んだものでした。

ラストはあまりにもべただけれど、東野圭吾の「新参者」。
この作者の書いたものって映画化やドラマ化をされるものが数多く思います。
こちらも先日テレビドラマ化されたばかりの、原作本です。
タイトルからイメージされるあざとさと、加賀恭一郎=阿部ちゃんは合わない感じがしてしまって・・・ドラマを見ることは敬遠してしまっておりましたけれど。。。
随分以前に読んだ「赤い指」に続く加賀恭一郎シリーズの最新版。
日本橋小伝馬町に越してきたばかりの一人暮らしの女性が殺された事件、地道にそのなぞを解き、事件を解決まで導く加賀。
日本橋署に着任したばかりのその加賀が口にする「ただの新参者です」の台詞から、このタイトルが取られていることが解りました。
今回、紹介した中では本作が一番面白かったように思いました。

どれも寝付く前の暇つぶしに読んだものばかり。
次々に読んで、次々と忘れていってしまうものだから・・・どれも簡単な紹介のみ。簡単な感想ばかりでした。

街の灯 (本格ミステリ・マスターズ)

街の灯 (本格ミステリ・マスターズ)

  • 作者: 北村 薫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/01
  • メディア: 単行本



鷺と雪

鷺と雪

  • 作者: 北村 薫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/04
  • メディア: 単行本



IN

IN

  • 作者: 桐野 夏生
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/05/26
  • メディア: 単行本



きみ去りしのち

きみ去りしのち

  • 作者: 重松 清
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/02/10
  • メディア: 単行本



新参者

新参者

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/09/18
  • メディア: 単行本



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江戸川乱歩著「芋虫」 [本]


芋虫  江戸川乱歩ベストセレクション2 (角川ホラー文庫)

芋虫 江戸川乱歩ベストセレクション2 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 江戸川 乱歩
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/07/25
  • メディア: 文庫


若松孝二監督作品「キャタピラー」の演技により、寺島しのぶが先頃ベルリン映画祭で最優秀女優賞を受賞しました。
35年前の熊井啓監督作品「サンダカン八番娼館 望郷」において田中絹代が受賞して以来である事実から、それは大変な快挙と言えましょう。
この本の表題作「芋虫」は、そのキャタピラーの原作です。
キャタピラー、イコール、ブルドーザー・トラクター等の重機ではない。芋虫を英語で言うとキャタピターである。
偶然にも私もつい先日、フランス映画「陰獣」を取り上げたばかりであったのですが・・・・
作家・江戸川乱歩は、日本推理小説の創始者であり、そのペンネームがエドガー・アラン・ポーのもじりであるのは有名なエピソード。
好んで読んできた作家ではないので、乱歩作品中では「孤島の鬼」だけをずっと以前に読んだように思います。

控えめな貞節な妻であった時子の元に、戦争による負傷のため四肢のなくなった姿で夫の須永中尉が戻って来ます。
その両手両足は根元から切断されてわずかにふくれ上がっただけの肉塊であり、喉の部分も傷病した夫は口もきけず、聴覚も失った故に耳も聞こえないのだから・・・・その容貌は、まるで黄色の芋虫であったと書かれている。
訪れる人とてない、たった二人だけの隠遁生活を続ける日々。
彼女は夫の介護に疲れていく、それに反して食欲と性欲のみになってしまった夫は強く欲求し続ける。
そこにはそれほどの状況に置かれてもなお生き続けようとする生命力の強さ、人であることの残酷さが感じられました。
合わせるかのように・・・時子も貞節な妻から、次第に・・・そんな夫を自分の思うがままに情欲を満たす人形とし、飼っているけだもののように思いなす程に変わっていってしまうのだった。

時子にとっては、夫が他者に訴える事の出切る唯一の器官である眼、その存在さえもが次第に疎ましいものとなって。
彼女は、意識的にか、無意識にか、その夫の眼をつぶしてしまう。
全てを失った夫に残るものは、触覚しかない・・・そのような存在の人間。

このストーリーから思い出される映画に、アメリカ映画「ジョニーは戦場へ行った」があります。ダルトン・トランボが自らの原作を監督して作り上げたものです。
これは、高校生の時に見ました。
ほぼ全編が、ベッドに横たわるジョニーの四肢も顔もない姿のみのシーンでした。それは思考するだけが許された肉の塊なのであった。
しかしその映画を見終わった後に残ったものって、本作「芋虫」の読後感とは全く違うものであったように思う。。。

「芋虫」は、この世に人間の異常心理くらいに恐ろしいものがあるかと思わされた作品でした。


収録されている九編の、最後の作品は「人でなしの恋」。
こちらもすでに映画化されたものを、私は深夜にテレビ放送でを見ています。
松竹の奥山和由が自らの初監督作「RAMPO」に続いて、この短編を原作として松浦雅子監督の手により愛人の羽田美智子主演で映画化をしたものです。
こちらを読んでみた後の感想は、映画化されたものとほぼ同じです。

地元の名士である門野家へ嫁入りした19歳の京子=羽田美智子。
夫となる門野=阿部寛は地元でも評判の美青年、結婚当初、夫は京子を愛してくれた。
思いもよらぬ夫の愛情に幸福を感じていた京子だが、半年もするうちに夫の愛は自分に向けられているものではなく何かしらの秘密がある事に気づく。
夜毎に庭の蔵に出かけていく夫の後をつけて行き、その二階で夫が謎めいた女と密会していることを突き止めるのだ。
しかし何処を探してもその女はいない、人の居た痕跡すらない。夫の愛人はそこに置かれた長持ちの中にある人形であったのだから・・・・という結末。

この物語は現実の人間を相手にする事の出来ない男と、そこに嫁いだが故に経験する妻が経験する不安と妄想の世界、狂おしいまでの嫉妬。

登場する主人公二人は、ご覧のごとく美男美女です。
屋敷内の室内の襖絵の見事さや、オープニングの彼女が嫁ぐシーンの色彩の美しさ。
映画の中で・・・愛人=人形との密会の後、門野が密かに庭の井戸で身体を清めるところがとてもセクシィ、見どころのひとつであったように思いました。
今から15年も前の映画ですので、まだ若くて綺麗だった阿部ちゃんのシーンは印象に残りました。
人でなし・・・などと付いたタイトルに反して、全体的に上品、美しい仕上がりの作品であったと思います。
その後の彼の、仲間由紀恵と共演したドラマ「TRICK」等のコミカルなキャラとは全くの別物なのです。
またそれから後の幅広い現在の活躍は、ご存知の通りですね。

江戸川乱歩の描いたのは、怪奇と幻想の世界。
こんな事をブログに書いている私だって、変態の様にとらえられてしまう可能性もなきにしもあらず・・・・


先の映画「キャタピラー」は反戦映画として受け止められてているようなのだけれど・・・・ここにあるものはただそれだけではない、人間の持つ本質がディープに描かれている様に思えてならないのだ。
この中に描かれている芋虫は、私自身であり、時子の持ってしまった内心の葛藤、変化もまた同じものと思ってしまったのであるから。
映画の方は実際に見ていないからその感想はまだ、ですけど興味はあります。
先日の友達との電話の中でも、「今やっている映画の中で、「キャタピラー」は是非見たい映画よね」と言ったばかりなのでした。

人でなしの恋 [VHS]

人でなしの恋 [VHS]

  • 出版社/メーカー: バンダイビジュアル
  • メディア: VHS



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