クルーザーで世界一週旅行に出た中年夫婦,漂流の末にたどり着いたのは太平洋上の絶海の孤島。
三ヶ月後、23人の若い男が島に流れ着く。
その後は中国人たちも漂流してくるのだが、島にいる女性はこの小説のヒロインである清子ひとりだけである事実は変わらない。
いつまで待っても無人島に助け船は来ず、いつしかだれもが島を「トウキョウ島」と呼ぶこととなる。

数十人の中で女性がただ一人との設定は、大平洋戦争末期・昭和19年のサイパン付近の孤島・アナタハン島で実際に起こった事件がモデルとなっていると思われる。
以前吉村明の「漂流」や、井上靖の「おろしや国酔夢譚」を読んだ時に、このような事実があったことを私は知りました。
その時にはチョッとした驚きもありましたが、事実ファイりピン近くの島からは、あの「横井さん」「小野田さん」等、数十年後に発見されている例もあるですから・・・

月日と共に日本の若者たちは仲のいい同士で、ブクロ(池袋)やジュク(新宿)などの集落に分かれて生活する事になる。
彼らが生きるうえでの最低限の食べ物を得る以外、生きがい探しに走るところはいかにも・・・と感じた。
それに対して後から漂着した中国人たちは、日本人よりも食に対して貪欲であり、生き延びるにも長けた技術を持ちあわせている。

実際の事件を元にしたとは言っても、閉鎖的な無人島で人間の本性がむき出しになるというのはありがちな設定であり、ストリー展開にもこれと言った驚きは特にない。
生にすがりつく人々の姿、中でもヒロイン・清子の持つしたたかさ、強さ、ずるさと、弱さと、人の極限状態の描き方。この作者ならではの人物描写の容赦のなさは勿論健在である。

たくましく自活の道を見いだすホンコンと呼ぶ中国人グループに比べ、自らがそうであろうとする事もなく、強いリーダーを見いだすことも出来ずにいる日本人達。
今の私達の毎日、この一見現代文化の真っ只中を生きていると見える生活の中にも、サバイバルな部分はやっぱり勿論あります。
このトウキョウ島は、現代の縮図のようにも見えてきます。
読んでいる途中から、私達が世界中のどこに住もうと、どこへ行ってもこの島・東京島のようなものかもとも思えてくるのです。

島の男達の中からくじ引きで選ばれた清子の新しい夫・ユタカは、清子がホンコン達と島から脱出を試みた事が引き金をなり記憶を取り戻す。
自分を捨てられたショックから過去の自分が軍司という名前であり、どの様な過去があったかを思い出します。そして、図々しく変貌した清子との関係は冷めてきってしまうのだ。
ユタカと清子の立場は、何度も逆転をする。
島でただ一人の女性として圧倒的に有利な立場を享受していた清子も、年月の経過により男達から相手にされることもなくなってしまっていく皮肉。
力の弱い生活手段の少ない清子、その上40代後半での望まない妊娠。この辺りには女性持つ肉体の弱さがよく描かれています。

しかいラストまで読んでいくと、清子の持つ図太さには思わず笑ってしまうのだ。
子供を思う母の愛情に勝るものはないと良く言われること、しかしそんな母性なんかってきっと思わされることでしょう。
清子は、ユタカ、またはヤン、どちらかはっきりしない相手の子供を出産する。
脱出時にその双子の子のひとりの男の子・チーターを人質に取られてしまうものの、彼女は二度と島に戻ることはなかった。
50代で東京に戻ると(こちらは本物の東京)、過去を封印して占い師として成功を果たす。
彼女はそれまでの呪縛から逃れた、自分の経験から学習したのだ。
もうひとりの女の子・千希(チキ)は大学までストレートに進める中学受験にも成功して、母親清子同様の逞しさを持っていることが描かれる。
この母子にとっては、トウキョウ島に置いてきた父親も双子の一人の男の子も、全ては過去でしかない。
ラストまで毒をたっぷり盛り込んだのも、作者のサービス精神の表れなのでしょうか。

この作者の実際の事件を元にした最高傑作は、東電OL殺人事件をモチーフにした「グロテスク」だと思っています。
今回の作品は、あれに比べると大分落ちるかな。
それでも相変わらずの毒のある作品を書いているなと思ってしまう、そんな安心感は残りました。

これの前、東野圭吾の「さまよう刃」も読んでいるのですけれど、あまりにも暗い題材、救いのない最後と・・・・
読み始めると、ぐいぐいと引っ張られてしまう力量は感じるものの、こちらはあまりお勧めは出来ないように思います。
 

東京島

  • 作者: 桐野 夏生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/05
  • メディア: 単行本