旅する力―深夜特急ノート

  • 作者: 沢木 耕太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/11
  • メディア: 単行本


今日は、「旅する力 深夜特急ノート」について。
若者達から熱狂的な支持をされたノンフィクション「深夜特急」は、作家の沢木耕太郎によって書かれたものです。
乗り合いバスだけでデリーからロンドまで向かうことを目的にした旅行体験と、それぞれの国での出会いと別れが描かれ・・・・・1986年に第1便と第2便が、1992年10月には第3便が刊行されました。
シリーズを初めて手に取り読み初めてからは、すっかりその世界にはまってしまった私。
なかなか出ないでいたシリーズの第3便は「その続きを読みたいばかりに」、いまかいまかとその日を待ち望んでいたっけ。
第2便から六年の時を経ての「深夜特急第三便  飛光よ、飛光よ」の出版は、とても待ち遠しいものであったと記憶しています。

沢木作品を読んだのは、プロボクサーのカシアス内藤が再び世界チャンピオンに挑戦する姿を書いた「一瞬の夏」が最初でした。
これは、その当時所属していた読書のサークルの方に勧められたものです。読書と言っても、子供向けの読み聞かせの会ですから。
「ボクサーを描いたものなんて、私にはあいそうもないなぁ~」と思いながら読み始めたら、それは予想をこえて面白いものでした。
その後は、「人の砂漠」「テロルの決算」「地の漂流者たち」「敗れざる者たち」「馬車は走る」等、1970年代から1980年代までのほぼ全ての著作を読んでしまったかと思います。
最近はルポルタージュと言う言葉をあまり使わない気がするのですけれど、確か彼がこの言葉を初めに使ったのではなかったのかしら・・・

深夜特急は・・・あの当時の若者達、すでにもう若いとは言えないけれど好奇心だけは人一倍強かった私も含めて・・・皆が憧れ夢見たひとつの旅のスタイル。
まだバックパッカーと言う言葉さえもない頃に、言葉も習慣も違う遠い国々を、自らの力だけを頼りに一人で旅をするというもの。海外は今と違って20~30年前までは本当に遠いところだったのです。

作家・沢木耕太郎がインドのデリーからイギリスのロンドンまでを乗り合いバスに乗ってひとり旅することを思いたってそれを実行した。旅の始まりは今から40年近くも前、1970年代初めの香港からでした。
「深夜特急第一便 黄金宮殿」、同じく「第二便 ペルシャの風」。
そのどちらも、まだ見ぬ国々に吹く風を、漂う空気を、出会いを読者へと届けてくれた。読み進める私を、想像の旅へと誘ってくれたものでした。
また、いつもの日常に戻らなくてはならないとする・・・旅の終わりに感じる、あの独特の感傷的な気分も共に。

本書は、その「深夜特急」の旅の「最終便」なのです。
今回の装丁も前三作と同じく、フランスのデザイナー・カッサンドルのポスターを大胆にあしらったスタイリッシュなスタイル。

その中身は作家・沢木耕太郎の誕生まで、どのような訳で深夜特急の旅に出たのか、旅する過程でのエピソードの数々などが書かれています。
本書は「深夜特急」の前後、当時の彼の状況も描かれた、沢木ファン必読の書といえよう。
しかし、今回も発売直後に買って読み始めてはいたものの・・・期待の大きさに反して、読んでいる途中でさめてしまったのはなぜなのだろうか。
私はもっと違うものを求めて、この本を手にしたような気がする。
まだ私の知らない未知な国や土地はいくらでもあり、作者の言う「いくつもの旅」があるはずなのに・・・・

未知のエピソードの幾つかは楽しめたけれど、過去の三冊の本で作者と共に旅をしてしまったから、今この時期にあえて振り返る必要はなかったようにも思えました。

ここに書かれている旅をする力や情熱は、すでに失ってしまった「若さ」にある事が改めて認識されたためであったかもしれない。

作者はその後「凍」、ベルリンオリンピックを描いた「オリンピア ナチスの森で」、作家の檀一雄について、妻が回顧する形の「檀」など、小説家としても活躍の場を広げています。
本書内でも少々触れられていますが、「深夜特急」は沢木耕太郎=大沢たかお主演で、ドキュメンタリーとドラマとを組み合わせた形でテレビ朝日で放映されました。
あれは私のイメージを壊す事のない良いキャスティング、懐かしさを覚える内容でした。