沈底魚

  • 作者: 曽根 圭介
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/08/10
  • メディア: 単行本


今日は読み終えたばかりの本、曽根圭介作品「沈底魚」の紹介をします。
この作品は昨年度の第53回江戸川乱歩賞受賞作品、私が手に取ったのも本の表紙にこの記述があったからと言う単純な理由です。

意味深なタイトルの「沈底魚」とはスリーパー=眠れるスパイ。普段は市民として潜伏しているが、いざというときにはスパイとして仕事をすることを言うらしい。
総理候補とされる国会議員が中国へ情報を流していると言う、アメリカに亡命した中国人外交官の証言からこの物語は始まります。

極秘情報を受けて、動き出す公安刑事たち。
それは、たたのガセネタであるかも知れません。
しかし、何とか沈底魚をあぶりだそうとする公安部の現場捜査官達の、日本・中国・アメリカ三国間の国際的な諜報戦に翻弄される物語が始まるのです。

主人公の不破は、中国・北朝鮮のスパイ活動を監視する公安部外事二課に所属する、アウトローな刑事。
この人物設定はありきたりです。
「沈底魚」の正体とは?名指しされた大物政治家か、それとも中国による偽装工作か・・・・

このテーマにして、ストーリーが、特にラストでは二転三転します。
ひとりの人物が二重スパイ、三重スパイの可能性を持つものであったなら、「味方となるのは」、「真実とは?」
主人公・不破が信ずるもの、人との関係全てにおいても、気持ちの揺らぎは仕方のないものであることでしょう。
読み始めは登場人物の多さに引き気味であった私も、後半からこの世界に引き込まれていきました。

警察小説・公安小説と言ったらまず思い出されるのは、私も一時はまってしまった横山秀夫作品です。
これは横山作品に比べると、本書はどこか少し見劣りがする、もっと読みたいと思う魅力がなかったかな。

ただひたすら地を這うような捜査方法は古臭い。頭脳的なものが見受けられません。
それはそれでと割り切る事は可能でも、読み初めに私がイメージしたよりも作品全体のスケールが小さかったように思います。
30年前の伝説のスパイ・シベリウス=一色にしても、人物像がもう少し狡猾であって欲しかった。
同僚の若林、ベテラン刑事の五味等のキャラクターは、良く描かれていたと思うのですが、現場捜査員は使い捨てとする警察庁から来たキャリア理事官の凸井のキャラクターはただ思わせぶりなだけ。

現場で働く捜査員の体質の古さ、意味を持たない中間管理職の存在、対立する警察庁と警視庁。それに対する永田町の構図、その辺りは解りやすく書かれています。
そして、後半近くにスリリングな展開があり、途中からはテンポも良くなってきます。

最後に、不破がとった行動とは・・・・

巻末に選考委員・綾辻行人・大沢在昌・恩田陸・真保裕一・天童荒太それぞれの選考理由が書かれています。
それぞれの委員達の読み方が興味深く、さすがとの思いがしました。

そう言えば、以前読んだ翔田寛の「誘拐児」は第54回江戸川乱歩賞受賞作品でした。あの本よりは後味も良く、面白く読めたような気がします。