前回の「東京島」に引き続いて、またも桐野夏生作品です。
本作は短編集。そのどれもが、この作者に相応しい毒のあるものばかり。
「アンボス・ムンドス」には、七つの短編が収録されています。

表題作の「アンボス・ムンドス」は、人生で一度だけ思い切ったことをしようと小学校教師は不倫相手の教頭と相談して夏休みにキューバにふたりで旅立った。
ハバナでふたりの宿泊したホテルの名前が「「アンボス・ムンドス」。ここは、かつてヘミングウェイが滞在していたホテルとして有名なホテルなのだとか。
そして「アンボス・ムンドス」とは、両方の世界、新旧ふたつの世界という意味の言葉だそう・・・・・

その言葉通りに夢のような時を地球の裏側で過ごして帰国した2人を待っていたのは、担任していた女生徒の死と、周囲やマスコミからのからの非難の嵐であった。
ここで彼女が語った事件の意外な真相とは・・・担任していたクラスで女性徒達に最も嫌われていたのは、亡くなったサユリよりも自分であったこと。それに全てが計画的に仕組まれた事がきっかけとなって起こった事故であると気づくのです。
小学生とは言え自らの中へ毒を隠し、時に巧妙に使う。、多感な年頃の少女たちの内面の深さ、悪意を描いたのが表題作である。

「植林」は、暗い性格で自分の容姿にも能力にも自信がなく、常におどおどと行動するしかない24歳の宮本真希が主人公。
パート先ではことごとく失敗を繰り返し、狭い両親と暮らす狭い家に兄夫婦が入り込んできたことによって家でも居場所がなくなってしまう。
そんなある日、彼女は子供の頃重大な事件に巻き込まれていた事を思い出します。
冴えない自分、みんなにバカにされている自分が、ある事件では重大な役割を担っていたことを。
真希の持つコンプレックスと胸の奥底にしまいこまれた無意識の憎悪、負のオーラは、今の自分には充分に共感できるもの。そして強く変身をした真希にも。
容姿にもその他の面でもなんの取り柄もない、こんな自分は一体どうすればいいのだろうかと思えた若き日の頃を思い出すのです。フッフッフッ!これが私には快感とも言えるのだ!#59120;

「浮島の森」は、作家の谷崎潤一郎と佐藤春夫、谷崎の千代夫人との間に起きた「妻譲渡事件」その後がストリーのモチーフであると思われる。文学史上において有名なかの事件を下敷きにしたものです。
ここでは娘の藍子が小説の主人となる。
自分は、谷崎家の人なのか、佐藤家の人なのか、どっちつかずの中で長い年月過ごさなくてはならなかった心の葛藤が丹念に描かれています。このタイトルは、正にその心情を表すものであるかと。
収められた中では、この話に最も上品さが感じられました#59125;

人は誰でも表面に出したくない内面の不満や負の部分、奥底にある汚い部分を持つものと思います。
そこで作者は素材となるイメージを素に別の物語を構築していく、その手法はいつもながら見事である。
リアルな創造力で、誰しもが身に着けているであろう人の心の奥底にある毒々しさを、思い切り出してしまいます。生々しい生き方を描くのは、相変わらず上手いです。
深く、ねっとりとした独特なダークな感じも、健在だと思った。
特に女性にはお勧めの、刺激的な一冊である#59028;

映画化やテレビドラマ化されてる初期の代表作である「OUT」、またそれ以前に書かれた「柔らかな頬」もされているらしい。

アンボス・ムンドス

  • 作者: 桐野 夏生
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2005/10/14
  • メディア: 単行本