ダナエ

  • 作者: 藤原 伊織
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/01
  • メディア: 単行本


表題作の「ダナエ」は美術界を舞台にした物語です。

始めに・・・ダナエとは、ギリシア神話に登場するアルゴスの王女の名前。
アルゴスの王・アクリシスには、一人娘ダナエがいた。
王は、男性がダナエに近づくことのないように青銅の扉のついた塔に閉じ込めた。しかしダナエは美しかったので、ゼウスの目にとまってしまったのである。
ある夜ゼウスは、黄金の雨の雫に姿を変えて塔に入り込みダナエと交わってしまいます。
結果、ダナエに男の子が誕生する。ペルセウスである。
生まれた男の子・ペルセウスに、アクリシオス王は殺される。それは予言された通りの事であった。

この逸話は芸術家の想像力を刺激するのか、ダナエをモチーフとしてクリムトにも描いた作品がありますけれど。
この小説中に登場するのは、レンブラントが描いたダナエ。
ロシアのサンクト・ペテルブルクにあるエルミタージュ美術館。所蔵の名画「ダナエ」が、キャンバスをナイフで引き裂かれ、硫酸をかけられた。
精神状態がおかしいリトアニア人の犯行ということで、裁判では責任能力なしとされ、無罪となりました。

さて、この小説中・・・
画家の宇佐美は、銀座の画廊で開かれる個展に、義父=古川財閥のボスである古川宗三郎をモデルにした肖像画を出品します。
中でも貴重と言われるこの作品が、会場内で何者かに硫酸をかけられナイフで切り裂かれてしまいます。レンブラントの「ダナエ」と同じように・・・
しかしその事実を知った宇佐美がとった行動は、意外に冷静で、淡々としたものであった。
その犯人とは、かつては貧乏画家であった宇佐美と別れた女性・秋本早苗と宇佐美との間に誕生した娘の神奈。

そして破損した作品の代替に静物画が展示さる。
この静物画は、描いた宇佐美自身が絶対手放さないと決めている大切な作品である。
アコーディオンと石油ランプが描いてある静物画で、別れた秋本早苗がこのアコーディオンを弾きながらサマータイムを歌っていた。それを描いた、彼女との思い出の作品であるのだから。

ギリシャ神話「ダナエ」と、レンブラントの絵「ダナエ」から着想を得たと思われるこの作品・・・・・
事件の真相が解明されてくる内に、突然目の前に現れた誕生も知らないままでいた自分の娘。そんな我が子への複雑な心情。
別れた女性・秋本、離婚寸前の現在の妻、共に男女間の理屈にならないどうしようもないやるせなさを感じさせる内容となっている。不思議な魅力をもつ小説でした。
題材の面白さと、興味深い展開により、ラストまで一気に読んでしまいました。
出来たらもっと読みたい、長編として書き込んで欲しかったと思ってしまいます。
他二篇、「まぼろしの虹」と「水母(くらげ)」も、人生に悲哀を持った青年、中年男性が主人公です。それぞれの心が再生するところは・・・読み応えがありました。

作者の「テロリストのパラソル」「てのひらの闇 」「シリウスの道 」は、私がこれまで読んだものです。
その読書日記は、こちらへ→
この作品は、2007年5月に食道ガンで他界された著者最後の作品とされて、 亡くなった2007年1月に出版されました。