芋虫 江戸川乱歩ベストセレクション2 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 江戸川 乱歩
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/07/25
  • メディア: 文庫


若松孝二監督作品「キャタピラー」の演技により、寺島しのぶが先頃ベルリン映画祭で最優秀女優賞を受賞しました。
35年前の熊井啓監督作品「サンダカン八番娼館 望郷」において田中絹代が受賞して以来である事実から、それは大変な快挙と言えましょう。
この本の表題作「芋虫」は、そのキャタピラーの原作です。
キャタピラー、イコール、ブルドーザー・トラクター等の重機ではない。芋虫を英語で言うとキャタピターである。
偶然にも私もつい先日、フランス映画「陰獣」を取り上げたばかりであったのですが・・・・
作家・江戸川乱歩は、日本推理小説の創始者であり、そのペンネームがエドガー・アラン・ポーのもじりであるのは有名なエピソード。
好んで読んできた作家ではないので、乱歩作品中では「孤島の鬼」だけをずっと以前に読んだように思います。

控えめな貞節な妻であった時子の元に、戦争による負傷のため四肢のなくなった姿で夫の須永中尉が戻って来ます。
その両手両足は根元から切断されてわずかにふくれ上がっただけの肉塊であり、喉の部分も傷病した夫は口もきけず、聴覚も失った故に耳も聞こえないのだから・・・・その容貌は、まるで黄色の芋虫であったと書かれている。
訪れる人とてない、たった二人だけの隠遁生活を続ける日々。
彼女は夫の介護に疲れていく、それに反して食欲と性欲のみになってしまった夫は強く欲求し続ける。
そこにはそれほどの状況に置かれてもなお生き続けようとする生命力の強さ、人であることの残酷さが感じられました。
合わせるかのように・・・時子も貞節な妻から、次第に・・・そんな夫を自分の思うがままに情欲を満たす人形とし、飼っているけだもののように思いなす程に変わっていってしまうのだった。

時子にとっては、夫が他者に訴える事の出切る唯一の器官である眼、その存在さえもが次第に疎ましいものとなって。
彼女は、意識的にか、無意識にか、その夫の眼をつぶしてしまう。
全てを失った夫に残るものは、触覚しかない・・・そのような存在の人間。

このストーリーから思い出される映画に、アメリカ映画「ジョニーは戦場へ行った」があります。ダルトン・トランボが自らの原作を監督して作り上げたものです。
これは、高校生の時に見ました。
ほぼ全編が、ベッドに横たわるジョニーの四肢も顔もない姿のみのシーンでした。それは思考するだけが許された肉の塊なのであった。
しかしその映画を見終わった後に残ったものって、本作「芋虫」の読後感とは全く違うものであったように思う。。。

「芋虫」は、この世に人間の異常心理くらいに恐ろしいものがあるかと思わされた作品でした。


収録されている九編の、最後の作品は「人でなしの恋」。
こちらもすでに映画化されたものを、私は深夜にテレビ放送でを見ています。
松竹の奥山和由が自らの初監督作「RAMPO」に続いて、この短編を原作として松浦雅子監督の手により愛人の羽田美智子主演で映画化をしたものです。
こちらを読んでみた後の感想は、映画化されたものとほぼ同じです。

地元の名士である門野家へ嫁入りした19歳の京子=羽田美智子。
夫となる門野=阿部寛は地元でも評判の美青年、結婚当初、夫は京子を愛してくれた。
思いもよらぬ夫の愛情に幸福を感じていた京子だが、半年もするうちに夫の愛は自分に向けられているものではなく何かしらの秘密がある事に気づく。
夜毎に庭の蔵に出かけていく夫の後をつけて行き、その二階で夫が謎めいた女と密会していることを突き止めるのだ。
しかし何処を探してもその女はいない、人の居た痕跡すらない。夫の愛人はそこに置かれた長持ちの中にある人形であったのだから・・・・という結末。

この物語は現実の人間を相手にする事の出来ない男と、そこに嫁いだが故に経験する妻が経験する不安と妄想の世界、狂おしいまでの嫉妬。

登場する主人公二人は、ご覧のごとく美男美女です。
屋敷内の室内の襖絵の見事さや、オープニングの彼女が嫁ぐシーンの色彩の美しさ。
映画の中で・・・愛人=人形との密会の後、門野が密かに庭の井戸で身体を清めるところがとてもセクシィ、見どころのひとつであったように思いました。
今から15年も前の映画ですので、まだ若くて綺麗だった阿部ちゃんのシーンは印象に残りました。
人でなし・・・などと付いたタイトルに反して、全体的に上品、美しい仕上がりの作品であったと思います。
その後の彼の、仲間由紀恵と共演したドラマ「TRICK」等のコミカルなキャラとは全くの別物なのです。
またそれから後の幅広い現在の活躍は、ご存知の通りですね。

江戸川乱歩の描いたのは、怪奇と幻想の世界。
こんな事をブログに書いている私だって、変態の様にとらえられてしまう可能性もなきにしもあらず・・・・


先の映画「キャタピラー」は反戦映画として受け止められてているようなのだけれど・・・・ここにあるものはただそれだけではない、人間の持つ本質がディープに描かれている様に思えてならないのだ。
この中に描かれている芋虫は、私自身であり、時子の持ってしまった内心の葛藤、変化もまた同じものと思ってしまったのであるから。
映画の方は実際に見ていないからその感想はまだ、ですけど興味はあります。
先日の友達との電話の中でも、「今やっている映画の中で、「キャタピラー」は是非見たい映画よね」と言ったばかりなのでした。

人でなしの恋 [VHS]

  • 出版社/メーカー: バンダイビジュアル
  • メディア: VHS