悼む人

  • 作者: 天童 荒太
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2008/11/27
  • メディア: 単行本


作家・天童荒太による一昨年の「直木賞」受賞作品、「悼む人(いたむひと)」。
作者が後書きでもふれている様に・・・大ベストセラーとなり、後にはテレビドラマにもされた前作「永遠の仔」を読んでから6年の歳月が過ぎました。それはこの作者がそれだけ寡作と言う事なのでしょう。
「永遠の仔」・・・
幼い頃児童虐待を受けた主人公たちは成長して後も自らの過去に悩まされる。苦しみながらそれでも助け合って生きぬこうとする。
家庭内における親子関係のディープな部分をさらけ出した、重い内容の作品でした。


本作も書店では何度か手にしながら・・・このタイトルと、装丁を飾るリアル過ぎる彫刻(永遠の仔と同じく、舟越桂と言う方の作品だそうです)が怖くて、ずっとためらっていたもの。
全国を放浪し名もなき死者を悼む旅を続ける、坂築静人(さかつき・しずと)が主人公です。
身近な死に接する内に、彼は精神の均衡を欠くようになってしまったのだった。
彼を巡って登場するのが、、夫を殺した過去をもつ女性・奈義倖世。暴力的な夫の行動に思い余って殺したとかと思うと・・・この夫婦はそんな単純な関係ではなかったのが徐々にわかってくる。

人間不信に陥り、ただひたすらセンセーショナルな記事を書く事に腐心する雑誌記者の蒔野。
末期癌の病床にいる静人の母親・巡子、対人恐怖証である静人の父親。
結婚できない交際相手の子供を一人で生んで、育てていこうとする身重の姉。
しかし基本的にはドラマチックなストーリー展開がある訳でもなく、読者である我々も読んでいる間中、静かな世界に浸り続けられるのでありました。

静人の行っている行為は・・・亡くなった見ず知らずの他人を思い、その際亡くなった人の状況を周囲に尋ねていくもの。
それは想像するだけで、耐えられそうもない精神的な緊張が強いられる辛い行為である。
身近なところで起きた死を思うあまり、心の均衡を壊して・・・そうせずにはいられなくなってしまった静人。

殺人や事故の場合、犯人やその場の状況も関係してくるのだが、その辺りについては淡々とし過ぎるくらいで同情はおろか自らの心に刻む事は一切ない。
静人が作中で言う、「その人は誰に愛されたか、誰を愛したろうか、どんなことをして人に感謝されたことがあっただろうか」の三つ事を憶えておくことで、故人を唯一の存在として悼めるのではないかとする考え。
読み進める内、判然としていく静人のキャラは特別です。彼は「悼み」という行為を続けていく事で、一般的な普通の感情を表に出す事もなくなってしまい、自らが特別な存在となっていくのだ。
常に穏やかで優しいようでいて、実は頑なに自分の世界をもつ静人。

彼は自殺を選ぶ代わりに、悼む人としての旅を続けていくのだった。
それだけにようやく感情を表して、途中から静人の後に続いて歩く倖世と結ばれるところは救いが感じられた。

静人の帰りをじっと待ちわびた母の最後。
彼女が最も愛され、愛し、感謝されたであろう息子の静人=悼む人の胸に抱かれて死の世界へ旅立つ・・・本作のラスト。
それは巡子の見た幻影かもしれないが、私は真実であったと思いたい。
医師の説明で、死の時、最も最後まで残ると言われた聴覚。
研ぎ澄まされた神経と耳で、新しい命=彼女にとっては初孫の誕生を感じながら・・・逝く場面は正にクライマックス!
ここでは、「死」と「誕生」の瞬間が対峙されるのだ。
最初から最後まで全編を通し、重いテーマを真正面から描ききった作品です。読んでいて最後は、思わず涙してしまいました。
読みはじめに私が感じたと同様、なんとも気持ちの悪い話と思う方もいるだろう。
テーマからして好みが分かれる内容だが、私には感動の一冊なのでした。

永遠の仔〈上〉

  • 作者: 天童 荒太
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 1999/02
  • メディア: 単行本



永遠の仔〈下〉

  • 作者: 天童 荒太
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 1999/02
  • メディア: 単行本