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「八日目の蝉」角田光代著 [本]


八日目の蝉

八日目の蝉

  • 作者: 角田 光代
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2007/03
  • メディア: 単行本


私・希和子は、不倫した男の家に忍びこんで生まれて6ヶ月の赤ちゃんを連れ去ってきてしまう。
最初はただ、その夫婦の赤ちゃんを一目見ようと思っただけ・・・ひと目見て、それで終わりにするつもりでいたのに・・・・
しかしその時赤ちゃんを自分の胸に抱いたことで、思わずその子を抱えて逃げてしまいます。
自分が産むはずだった子供の名前・・・「薫」と名付けて、彼女はその子と逃げ続ける。
彼女は、もう私は一人じゃない、薫と一緒ならどこまでも行けると思う。。。

ふたりは本当の親子ではない、誘拐は勿論怖い犯罪である。
希和子だってそれは解っている、そう理解をしていても子供を手放せない。そして、平気な顔で暮らしていけるほど悪人でもない。でもどうしても彼女は、赤ちゃんを手に入れなくてはいられなかった。
ストリーの最初を読むと恐ろしい誘拐犯のお話と思ってしまうが・・・希和子の深い孤独と、傷ついた思いが痛いほどに思えて共感してしまうのだ。

もう自分では子供が産めないものと思いこんでいる希和子。
連れ去った子供とふたりで生きていこうとするが、それは世間から逃れてひっそりと隠れ続ける逃亡生活の始まりであった。
その日々の中に、本当の親でもここまで?と思うほど深い愛情を薫に注いで育てている様子が見られる。
想像されるような悲惨さはなくて、幸せそうな親子の姿が描かれている。だから思わず、私まで「逃げて~逃げて~」と言いたくなってしまう。これでいいと思ってしまうのだ。
これは作者の戦術と思うが、私は犯罪を犯した希和子を非難する気持にはなれなかった。

彼女の逃避行は続く。
どうにか生活のめどがついても、すぐに追っ手から逃れるためにはその場を去らないといけない。
その度に、まだ薫に見せていない・・・・普通の生活や景色を思う・・・希和子。
始まりの特殊な関係も読み進めていくうちに違和感がなくなって、母と子の物語に思えてきてしまうのである。

友人の所~謎の老女の家~宗教団体「エンジェルホーム」~友人の実家などを渡り歩いた末に、希和子は逮捕される。
そして、まだ幼い薫は両親と妹の元に帰る。
駆け込み寺のようになっている宗教団体は、私財をすべて差し出す親子の別生活など・・一時世間をにぎわした「ヤマギシ会」が想像される。またはオームか。
そこが女性ばかりの特殊な場所だったというところでも、その小説のテーマが象徴されているように感じました。

物語の後半三分の一程は、大学生になった恵理菜=薫の視線で描かれています。
幼児誘拐の被害者として育ったからか、その後を本当の両親、しかし家族の心がバラバラの家庭で育ったからか、彼女はゆがんだ性格に育ってしまっている。ここでも事の重大さが感じられた。

皮肉にも恵理菜は、自分の父親と同じような、妻子ある男=岸田と恋愛をして妊娠してしまいます。
恵理菜は、自分を誘拐した悪い人=希和子と同じような道を歩むのであった。
身勝手で無責任などうしようもない男達、それと対照的に彼女達は現実を受け入れて必死に生きようとする。
女性達は強い存在として描かれているのだ。それは、悲しいくらいに・・・

それでも「産む」決意をかためた恵理菜は、それまで避けてきた「事件」の現場=自分の過去を訪ねる旅に出る。
そしてそれまでは自分には遠い存在であった希和子が、逮捕の瞬間に発した自分を気遣った言葉「その子は朝ごはんをまだ食べていないの」を思い出します。
全くの他人であってずっと悪い人と憎み続けてきた彼女が、薫に深い愛情を注いでくれていたこと。彼女の思いが自分の命の中に流れているのを実感する。

最後のシーン、希和子と恵理菜のすれ違いは途中から予想は出来ていたものの・・・心に迫りくるものがあって、最後の部分だけでも何度も何度も読み返したくなってしまう。
静かで・・・でも眩しくて、圧倒される。恵理菜が前向に生きようとする気持ちになれて本当に良かったと思えるのです。

蝉は7年間を土の中で生活して、地上に出ると7日ほどで死んでしまうという。短かすぎてあまりにもかわいそうだと、子供の頃の恵理菜は思う。
「八日目の蝉は、ほかの蝉には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でもぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりではない」。
それは、ここに登場する女性達のことなのか。
作中のところどころに、こんな切ない台詞の数々が散りばめられています。
ここに描かれているのは、「憎しみ」と「愛」。
複雑に絡み合うこのふたつは物事の表と裏、一体であって似ているものなのでしょう。

この本は是非女性に読んでもらいたいと思う。そして、感想が聞きたい。
赤ちゃんのぷっくりとした柔らかな頬やお手々、抱っこした時のあの独特の甘酸っぱいような匂い・・・私はそれをすでに忘れてしまっていますけれど・・・

この本は、あるおじ様から送られた荷物に同包されていたもの。
その人がこの本を読んでどう思ったのか。そして、どうして私に送ってくださったのかを聞いてみたい気がしました。
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thanks 9

コメント 8

miyata

こんにちは。
今回も読み応えがある読書評でした。読んでいて私もこの本を読んでいるような気分になりました。私ならどう解釈できるのだろうかなどと考えました。きっと誰かの説を緩用しながら解釈して読んだ感動からどんどん遠ざかるんだろうなと思いました。この方面ではとてもhanaさんの足下にも及びません。もっともっと書いて楽しませてください。
by miyata (2009-11-27 17:29) 

hana2009

miyataさん、こんばんは。

読書評などと・・・最近の私は、本を読んでもすぐに忘れてしまいます。
後であの本読んだ!と思っても、ストーリーさえも覚えていないのですから。ましてや、その時に思ったこと、感じたことなど・・・
今の年でこれなのですから、この先どうなってしまうのかとても心配です。

この本は、やはり女性向きだと思います。読んだ時の年齢や状況で受け取り方が変わってくるかと思いました。
登場した女性達よりもずっと年齢も高い、もう子育てなどをとっくに終えた今でしたから、このような感想だったかと思うのです。
by hana2009 (2009-11-27 17:49) 

abika

これは、ぜひ読んでみたいです^^
タイトルの「八日目の蝉」という言葉も、とても印象的ですね♪
by abika (2009-11-27 18:32) 

デルフィニウム

母性って・・・考えさせられる本のようです。
by デルフィニウム (2009-11-28 10:25) 

hana2009

abikaさんへ

このタイトルは、ここに描かれる女性達の生き方が象徴されたものと思えました。
初めは私もあまり気乗りしませんでいたが、途中からは一気に読んでしまったのです。
お時間がありましたら…読んでみてくださいね。
by hana2009 (2009-11-28 11:38) 

hana2009

デルフィニウムさんへ

コメントをお願いしてしまったようで・・・アセアセ

もうすでに母性が残り少なくなってしまった私でも、心に迫るものがありました。
by hana2009 (2009-11-28 11:40) 

hana2009

Baldheadさんへ

nice!を、ありがとうございます。


by hana2009 (2009-11-28 11:41) 

hana2009

emilyさんへ

数多くのnice!をありがとうございました。
by hana2009 (2009-11-30 13:11) 

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