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「流人道中記」浅田次郎著 [本]


流人道中記(上) (単行本)

流人道中記(上) (単行本)

  • 作者: 浅田 次郎
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/03/06
  • メディア: 単行本



流人道中記(下) (単行本)

流人道中記(下) (単行本)

  • 作者: 浅田 次郎
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/03/06
  • メディア: 単行本


単純に面白く一気読みしてしまった本です。ここ数年、これも年齢のせいとするものの、本の感想を書く気力を失っていたのだけど、久々に書いてみようと思った本作。
浅田次郎氏の著作はこれまでも読んでいた。映画化された「地下鉄に乗って」「鉄道員」「日輪の遺産」、「終わらざる夏」「天切り松 闇がたり」シリーズ、「マンチュリアンレポート」「椿山課長の七日間」「月下の恋人」・・・等。

それでも、ここまで夢中に読む程ではなくて・・・。「地下鉄に乗って」の頃と比較したら確実に上手になっているのを実感した。
本作で時代小説のジャンルにも、はまってしまいました。
同様に清朝末期の紫禁城を舞台にした「珍妃の井戸」、中国名はどれも同じようで途中で混乱してしまうのが心配されたが、それでもやはり一気読みでした。これなら長編ゆえ敬遠していた「蒼穹の昴」もいけるかなって。まだ手におりませんが。。

江戸時代末期となる万延元年(1860年)、姦通の罪を犯したとされた旗本「青山玄蕃」が切腹を拒んだ事より、流罪判決が下り蝦夷「松前藩(現在の函館)」送りとなる。
津軽藩(青森県)三厩(みんまや)までの護送を命じられたのは、見習い与力である19歳の「石川乙次郎」でした。
江戸「千住大橋」での家族との別れからはじまり、二人の旅は「杉戸」「雀宮」「佐久山」と続いて奥州街道を北上することとなる。
当初は玄蕃を切り捨てようとまでする乙次郎であったが、関所の通過どころか、旅をした経験もない世知に疎い乙次郎は、旅の全てを玄蕃のペースで進められてしまうのでした。
・・・のみならず流人と押送人の立場こそあれ、次第にその人情味あふれる人柄に惹かれはじめてしまう。
これまで幾度として描かれてきたロードムービーの展開ながら、乙次郎が自分にはない青山玄蕃の所作の優雅さ、粋な物事の捉え方に魅了されるだけでなく。
豪放磊落で、その癖人情味に溢れた、どんな相手であれ粋でなぶれない言動、ユーモアをもって自分の懐へと引き入れてしまう、圧倒的な魅力に納得せざるえない卓越した人物造形が、僕(=そう、時代物なのに僕で違和感はない)の視線から描かれている為。
当代きっての文章の名手・浅田次郎。我々読者も共に玄蕃を好ましい人物ととらえさせる力量はさすがだ。
武士の習慣、庶民の生活文化も踏まえて、わかりやすく、面白く。歴史的な背景、歴史用語など多少わからなくても、ストーリーを読み進めていかざるを得ない。

貧しい下級武士の次男から、婿養子として石川家に迎え入れられて、与力の職に就いたばかりの乙二郎には範とすべき人がいなかったせいもあり、人が人を裁く事の意味。法とは、家とは、侍とはどうあるべきか。
260年の平和な時代がもたらした長い侍の世にあって、法に囚われ己の生き方を忘れた侍の問いは深まっていく。

道中において巻き起こる様々な出来事にその都度対処する玄蕃。その時々において青山玄蕃は見事な手法で裁ていく。乙次郎は次第に弟子となり、理解を深めて成長していく姿が描かれています。
しかし玄蕃自身も旅の最後に明かされる事情、過去を抱えているのです。

別れの間際、乙二郎にかける「存外なことに、苦労は人は磨かぬぞえ、むしろ人を小さくする」の言葉に、僕はかぶりを振って呑んだ。
・・・旧態依然とした社会制度、制度の中で生を体現する侍の生き方、造形の巧みさに、旅の最後の僕同様に感動してしまうのです。
家族らの犠牲の上にある。「孤高の」人・青山玄蕃のすじの通し方にも、浅田次郎ワールドの魅力があります。
本作の舞台となったのは、侍の世が終わる・・・明治元年(1868年)の8年前。

「それがしは流人でござる。どの面下げて九郎判官(くろうはんがん)に見(みま)えましょうや」と玄蕃が独り言ちる「義経寺」、私の見た 2014年6月の「三厩湊」の光景です。
三厩.jpg
幕末の吉田松陰も1852年、北方の護りの状況を確かめる為、津軽海峡を通行する外国船を見学しようと龍飛崎のすぐ近くの算用師峠まで来ている。
「竜飛崎」の「義経寺」北を横断。今別、平舘、青森…をたどった記録あり、今なお「みちのく松陰道」として跡は残る。
松陰22歳の若さで脱藩までしてこの地を訪れたのは志の高さからだろう。松陰が龍飛崎にきたのはペリー来航の前年となる。
松陰の江戸出発から帰るまでの視察状況を記録したのが「東北遊日記」だそうです。

軽妙な文章、構成の巧みさ、卓越した表現力…と、次も同氏の「大名倒産」を読むつもり。手元にあるのでした。
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